第411話 南部の老兵(1)
戦地からの民間人避難という名目で、フロリダに居住していたアメリカ人の移送が始まった。フロリダに無数にある鍾乳洞を使ってアメリカ軍がゲリラ戦を仕掛けてくるため、民間人をゲリラだと誤認して射殺する事件も発生していたのだ。
マイアミやタンパの桟橋に大型の貨客船が何隻も接岸し、大きな荷物を抱えたアメリカ人が列を成して乗り込んでいく。皆、その顔に怨嗟の念が浮かんでいた。
貨客船は日本とイギリスが用意した。そして、その護衛にイギリスの駆逐艦が随伴している。
船に乗せられた人々は、アメリカ北東部のフィラデルフィアに送られる。
――――
フロリダ デルトナ
「あんた、本当に行くのかい?」
「ああ、わしのじいさんがここに入植して、命がけで守ってきた土地だ。みすみすと明け渡すようなことはせんよ。お前は孫たちを連れて北に避難しろ。後のことはよろしく頼む」
白い髭を蓄えた男は、ライフルラックからスプリングフィールドM1903を取り出す。その横には、祖父が使っていたエンフィールド銃が立てかけてあった。
スミスの祖父は100年以上前にフロリダに入植してきた移民だ。苦労して農地を開き、サトウキビの生産を始めた。しかし、工場での労働力を必要とした北部の連中が、奴隷を奪うために南北戦争を起こしたのだ。そして、祖父は南軍の兵士として勇敢に戦い、重傷を負って入院中に敗戦となった。祖父の顔には、その激しい戦闘で受けた大きな傷があった。
『スミス、この傷がわしの勲章じゃ。男には負けるとわかっていても戦わなければならん時がある。死ぬとわかっていても戦わなければならん時がある。お前は、お前の信じるものの為に戦え。お前の胸の中にあるものの為に戦え』
それが祖父の口癖だった。北軍に負けた後は、荒廃した農場をなんとか立て直すために、寝る間を惜しんで働いた祖父。そして、5人の子供と23人の孫達に囲まれて天に召された。その祖父と父親が守ってきたこの土地を、あの黄色い猿などに蹂躙されてなるものか。スミスは祖父が着ていた南軍の軍服に身を包み、スプリングフィールドM1903小銃を握りしめた。
そして、その思いを同じにする老人達とともに、愛馬にまたがる。我々の土地から侵略者を駆逐するために。
――――
フロリダ デルトナ 大日本帝国陸軍補給中継基地
「敵襲です!おそらく榴弾砲による攻撃です!」
早朝の日が昇る直前、日本軍の補給基地は爆発音に包まれていた。基地のあちらこちらで爆発が起こっている。爆発の前に榴弾の特徴的な音が聞こえたので、敵の陸上部隊に間違いはないだろう。
「このあたりのアメリカ軍は掃討したんじゃ無かったのか!?」
基地の隊員が驚くのも無理は無い。ここは前線から200kmも後方なのだ。周囲には民間人の居住する町しかなく、鍾乳洞に潜んでいたアメリカ軍の掃討も完了しているはずだった。
そしてさらに悪いことに、アメリカ西部地域が降伏したことによって、陸軍実働部隊が占領部隊としてそちらに移動していたのだ。前線こそ十分に兵力を配置しているが、安全が確認されているはずの後方は手薄になっていた。この中継基地には60人ほどしか駐屯していないのだ。大軍に襲撃されてはひとたまりもない。
「敵が突入してきます!う、馬です!騎兵の大軍です!それに、軍服が・・・見たことも無い軍服です!明治時代の軍服のような感じです!軍旗もアメリカの旗ではありません!」
監視塔から連絡が入ったが、にわかに信じられるような内容ではなかった。この中継基地の三方から見たことも無い軍服を着た騎兵隊が突撃してくるというものだったのだ。その数は見えるだけで500騎以上。
「1940年代に騎兵だと!?しかもアメリカ軍では無いのか?いったい何処の軍だ!?」
駐屯している日本軍の兵士には、敵のアメリカ軍に関する教育はしているが、100年前の南軍についての知識は教えていない。それに、アメリカで南北戦争があったということすら知らない兵士が大半だった。
中継基地は防塁と有刺鉄線で囲ってはいるが、強固な塀などの構築はされていない。突破されてしまっては全滅も十分に考えられる。
兵士達は自動小銃や防塁に備え付けられている機関銃を撃ち続けるが、突進してくる騎兵は全くひるまない。馬が撃たれて倒れても、敵兵は匍匐しながら迫ってくる。さらに、後方から榴弾も止めどなく打ち込まれている。
「正門が突破された!」
正門には扉が設置されていたが、車両の出入りがあるので有刺鉄線は敷設されていなかった。そして、そこが突破されてしまったのだ。
中継基地になだれ込んだ騎兵は、馬上から拳銃やサーベルで日本兵を襲ってきた。必死に応戦するが、騎兵たちは一切ひるむことが無い。仲間が死んでも、自分の腕が撃ち抜かれてもかまわず突進してくる。その形相はまるで悪鬼羅刹のようだった。
戦闘開始から30分後、中継基地は騎兵隊に制圧されてしまった。
「この後どうする、スミス?捕虜は8人だ。あまりゆっくりしていたら、日本軍のヘリコプターが駆けつけてくるぞ」
南軍の制服を着た老人達が、これからの事について話し合っていた。その傍らでは、手足を縛られた隊員が恐怖におびえている。そのほかの隊員は戦闘で戦死してしまった。降伏をした8人も、制圧される際に激しく暴行され顔は紫色に腫れ上がっていた。
老人達は日本軍基地を制圧することは出来たが、仲間も200人以上が死んでしまった。榴弾による攻撃をした12ポンドナポレオン砲の弾薬や小銃弾も使い果たした。しかし、制圧した日本軍基地に自動小銃や携帯迫撃砲があったので、トラックにつめるだけ積み込んだ。
「わしらの最後の意地じゃ。町に立てこもる。若い者の避難はもう終わっているはずじゃ。町と運命を共にするよ」
――――
戦闘開始から40分後
襲撃の報告を受けた日本陸軍基地から、多目的ヘリコプター6機が到着した。そして、基地に着陸する。
基地の正門には、手足を縛られた8人の隊員が無残に吊されていた。
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