第412話 南部の老兵(2)

「補給基地で吊されていた8人は、生きたまま絞首刑にされたようです」


 戦死していた兵士のほとんどには銃創やサーベルによる刀傷があったのだが、正門に吊されていた8人には致命傷となるような傷が無かった。そのため、軍医による簡易解剖が実施された。その結果死因は、首にかけられた縄によって頸動脈が圧迫されたことによるものと判明したのだ。


「捕虜虐待か。明らかに戦争犯罪だな。しかし、この変な軍服を着た連中はいったい何だ?」


 アメリカ南部侵攻軍第16旅団第3連隊の小島大佐は、監視カメラの映像を見て困惑した。当時はインターネットがあるわけでは無く、南軍についての知識もほとんど無かったため、敵の正体がわからなかったのだ。参謀からは南北戦争時代の軍服と軍旗ではないかという意見があったが確証が無かったため、占領政策に協力させている現地アメリカ人弁護士とフロリダ州政府の役人に確認することになった。


「この軍服と軍旗は、100年近く前の南北戦争当時のものです。南部アメリカ連合国の制服と軍旗ですね」


 監視カメラの録画には、基地の中を駆け回る騎兵隊の姿が残っていた。それを見せて確認したところ、着ている軍服や掲げている軍旗は、100年近く前の南軍(アメリカ連合国軍)のものだと判明した。


「アメリカ軍では南北戦争時代の老兵も動員しているのか?」


 小島大佐が驚くのも無理は無い。日本で考えたなら、戊辰戦争の白虎隊や新撰組が突然現れたようなものなのだ。


「連邦軍が動員しているわけではないと思います。おそらく、市民が自主的に武装したものでしょう。南部の人間は自分の土地に対する執着は人一倍大きいのです。日本軍が無理矢理移住させようとした弊害ですね」


 フロリダ州政府の役人は“これは日本のせいだ”と吐き捨てるように言った。中央の政治に影響を持たない地方政府の役人にとっては、日本軍は純粋に侵略者に見えるのだろう。その気持ちは解らないではないのでぐっと我慢をした。


「市民が武装しているとなるとゲリラやパルチザンということか。では、戦争犯罪として処理をしても問題ないのだな?」


 そう質問されたアメリカ人弁護士と役人は、顔を向け合ってひそひそと話しを始めた。そして困惑した表情をしている。


「何を話しているんだ!戦争犯罪でいいんだな!Yes か No か!」


 小島大佐はいらだちを隠すこと無く怒鳴りつけてしまった。正規戦闘ならいざしらず、不正規戦をしかけられて、さらに捕虜となった8人が惨殺されたのだ。


「彼らは市民であり民兵ですが、アメリカの憲法上、戦時下においては正規軍として扱われる可能性があります。これは合衆国憲法修正第二条に“民兵は自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有する権利を侵してはならない“とあるためです。監視カメラの映像を見る限り、軍服を着ており軍旗も掲げているので、規律ある民兵、すなわち正規軍に準ずるものと判断できます」


「はぁ?アメリカの憲法にはそんな事が書いてあるのか?」


 21世紀でもアメリカ市民が銃武装をする根拠となっているのが「合衆国憲法修正第二条」だ。これは、アメリカを防衛するためには規律ある民兵が必要だから、市民が武装することを妨げてはならないとうたったものだ。


「はい。彼らは規律ある民兵だと考えられます。捕虜の8名を殺害したのは戦時国際法違反になる可能性はありますが、それを裁くには軍事法廷を開く必要があります。日本軍に対しては、彼らを正規軍として扱い、万が一捕虜になった場合にも、ハーグ条約に基づいた権利を付与するよう要請します」


「そんなのは詭弁だろう。あれが規律ある民兵なのか?上部組織からの指示命令系統があるとは思えん」


「しかし、指揮命令が出ていない証拠もありません。再度日本軍には、彼らを正規軍として扱うことを要求します」


 日本軍内ではこの意見を受けて、対応に苦慮することになる。軍服を着ていなければパルチザンとして処理できるが、100年前のものであっても軍服を着ていれば捕虜として扱わなければならない。事の真相はともかく、もし捕虜にしてその事が報道されてしまったら、他の占領地で同じようなことが続発する可能性があるのだ。


 ――――


「立てこもる武装組織に通告する!抵抗を止めて投降しろ!投降すれば捕虜としての待遇を保証する!投降しない場合、正午をもって総攻撃をかける!」


 老兵達が立てこもっている町を包囲した帝国陸軍は、拡声器によって投降を呼びかけた。白旗を持って投降してくれば捕虜にする予定だが、老兵達はおそらく投降するようなことはないだろう。包囲している日本兵のだれもがそう思っていた。もしこれが逆の立場だったなら、自分たちも最後の一兵になるまで戦うだろう。戦争の始まった経緯がどうであれ、生まれた故郷を守る戦いは聖戦なのだ。


 ――――


「ふんっ、何が投降だ。わしらが降伏すると本気で思っているのか?」


「まあ連中も手順を踏んだという事じゃろう。未開のサルのくせに、そういう所だけは西洋のマネをしたがるからな。じゃあ、ヤルか」


 町の入り口から日本軍まで500メートルくらいある。地上に戦車は無く、歩兵と装甲車だけのようだ。そしてヘリコプターが遠巻きに何機も飛んでいる。


「よし、肩掛けの榴弾砲(84mm携行無反動砲)を撃ち尽くしたら全員で突撃じゃ。みんな、天国で会おう」


 老兵達は鹵獲した無反動砲を構えて一斉にトリガーを引いた。


 ――――


「武装組織が発砲してきました!」


「やはり降伏はしないか。ここに残っている連中なら、そうだろうな。よし、攻撃開始だ!」


 包囲している日本軍は、装甲車両の12.7mmブローニングM2の射撃を開始した。また、上空からはヘリコプターによる機銃掃射やTOWミサイルによる攻撃も始まった。


 日本軍から放たれた弾丸は数万発にもおよび、町に向かっていく火線は数えきることができない。まさに弾丸の雨だった。


 ――――


「全軍突撃!南部魂を見せてやれ!!!」


 無反動砲を撃ち尽くした老兵たちは騎馬にまたがり突撃を開始した。日本軍から奪った自動小銃を撃ちながら突進していく。


「わーはっはっはっ!!コリンの爺さん!日本軍の陣地に着く前に腰を痛めるなよ!」


「何をゆうておる、スミス!おまえさんこそビビって腰を抜かすな!」


 老人達は愛馬に乗って駆け抜けた。もはやこの土地を守り切ることは出来ない。それならば、最後の最後に一矢でも報いて、そして、自分自身の“誇り”だけは守りたい。守らなければならないのだ。


 老人達はみな笑いながら駆け抜けていった。


 ――――


「掃討完了。生存者はいません」


 完全に準備の整った日本軍に対して、300騎の騎兵はあまりにも無力だった。町から駆け出てきた騎兵は、100メートルも進むことが出来ずに次々と斃れていった。補給基地を襲ったときの、日本軍の7.62mm機関銃や5.56mm小銃なら騎馬で防ぐことができた。しかし、ブローニングM2重機関銃の12.7mm弾は、騎馬ごと老人達を撃ち抜いたのだ。


 日本軍はこの作戦において、”捕虜を出さない”と極秘に通達をしていた。


 ――――


 仰向けに倒れたスミスは、じっと真上の空を見つめていた。鼓膜が破れたのか全く音の無い世界だ。フロリダの青い空がただただ広がっている。生まれてから70年以上見続けた空だ。この大空の下で、家族を守るためだけに働いてきた。生涯の伴侶と出会い、手がぼろぼろになるまで一緒に働いた。子供ができて家族が増えたときは飛び上がって喜んだ。そして孫ができ、家族に見守られて神に召されるものだとずっと思っていたのに・・・。


「ああ・・・くやしいなぁ・・・・」


 スミスの目尻から一筋の涙がこぼれる。そして、ゆっくりと永遠にそのまぶたを閉じた。

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