第395話 英米首脳会談(1)

アメリカ デトロイト(臨時首都)


 デトロイトにあるフォード・GM・クライスラーの工場では、臨時動員のかけられた女性達が数多く働いている。場所によっては90%以上を女性が占めるラインもあった。男達の多くが徴兵されてしまったためだ。そして、その工場からロールアウトするのは、もはや民間向けのセダンは1台も無かった。全て軍用の装甲車や戦車の生産に当てられていたのだ。


 アメリカは鉱物資源に恵まれており、兵器生産のほとんどを自国資源によってまかなうことが出来た。唯一不安なのがアルミニウムの原料となるボーキサイトだが、現時点で一年間航空機を全力生産できるだけの備蓄がある。


「ミシシッピ川の封鎖工事はほぼ完了しました」


 新しく建築された大統領府において、ルーズベルト大統領は陸軍長官からの報告を受けていた。新しい大統領府は白い建物では無いため、ただ単に大統領府と呼ばれている。


 日本軍の進軍阻止を実行するに当たって問題となったのが、ミシシッピ川の水運だった。メキシコ湾の河口から五大湖のシカゴまで繋がっていて、1万トンくらいの艦船なら余裕で航行できるのだ。


 ここを日本の揚陸艦や巡洋艦に遡上されてしまっては、一気に五大湖まで攻め込まれてしまう。かといって完全にせき止めることは不可能なので、コンクリート製波消しブロックを沈めることによって大型船の航行を阻害することにしたのだ。


 デトロイト郊外 アメリカ陸軍飛行場


 よく晴れた晩秋の空に、4発の大型機2機と、槍の穂先のようにとがったジェット戦闘機が4機降下してくる。着陸した大型機はゆっくりとタキシングをしながらエプロンに向かった。そこにはアメリカ陸軍と政府の高官、そして車椅子のルーズベルト大統領が整列をして待っている。


 ここアメリカ陸軍航空基地に着陸してきたのは、日本製の九八式重爆撃機2機と九七式戦闘攻撃機4機だ。整列をしている政府高官以外にも、飛行場には多くのアメリカ陸軍軍人が見物に集まっていた。また、アメリカ中から新聞記者も多数来ており、皆カメラを向けてシャッターを押し始めた。


 その様子を見ている軍人達は、敵国の兵器が着陸してくることに複雑な表情をしている。しかし、そういった感情よりも、最新兵器を間近で見ることができるという“喜び”を抑えきれないようだった。


 これらの兵器はノーフォーク海軍基地でも展示されたこともあったのだが、その時の物とは明らかに違う所があった。ペイントされている国章がイギリス軍のものなのだ。


「よく来てくれた、チャーチル首相」


 九八式重爆撃機から降りてきたチャーチルは、ルーズベルト大統領から差し出された手を取り両手で握手をした。トレードマークの葉巻は当然くわえたままだ。


「久しぶりですな、ルーズベルト大統領。お元気そうで何よりです」


 チャーチルはいつにも増して嫌みな笑顔をルーズベルトに向けた。チャーチルは“お元気そうで”とは言ったが、MI-6の情報によってルーズベルトの健康状態が悪くなっている事を知っている。つまり、最初の一言から嫌みをぶつけたのだ。


 今回チャーチルが乗ってきたのは、日本から購入した九八式重爆撃機だ。この当時、大西洋を横断できる十分な性能を持った航空機が他に無いため、イギリスは政府専用機として運用していたのだ。九八式重爆撃機の弾倉を取り払い、与圧された客室を設置する改造が施されている。そして、護衛に随伴してきた九七式戦闘攻撃機は、イギリス空母ヴィクトリアスから発艦してきていた。1940年当時イギリスにて建造中だった空母なのだが、日本の技術支援によって大型エレベーターと蒸気カタパルトが設置され、九七式戦闘攻撃機の運用が出来るようになっていた。


 二人はリムジンに乗り込んで大統領府に向かった。


 デトロイト 大統領府


「さてルーズベルト大統領、検討の結果はいかがですかな?これ以上、アメリカの市民や若者を死なせない為のご回答をいただきたいものですな」


 大統領府2階の窓の無い部屋で、側近らを排した二人だけの首脳会談が行われていた。


「チャーチル首相、あなたはいつから日本の代理人になったのですか?我が国は卑怯な日本の奇襲攻撃によって被害を受けたのですよ。あのような野蛮なサルどもを排除して世界平和を確立するために戦っているのです。そこの所をご理解いただきたい」


 ルーズベルトは不快感をあらわにしてチャーチルをにらんだ。対独戦では多額の借款やレンドリースによる武器供与をしたにも関わらず、常に日本の立場に立って敵国のような振る舞いをする。本当に恩知らずな男だと思っていた。しかし、それでもこの男に頼るしか、ルーズベルトには手段が残されてはいないのだ。


「奇襲攻撃ですか・・。大統領、我が国のMI-6をなめられては困りますな。そんな事を我が国が本気で信じているとでも思っているのですか?」


 そう言ってチャーチルもルーズベルトをにらみ返す。日米開戦直後からMI-6は全力で調査に入っていたのだ。そして、アメリカが偽旗作戦を実行したという数々の証拠を確認していた。

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