第396話 英米首脳会談(2)

「くっ・・・、奇襲攻撃を受けたことを信じていないですと?バカな、実際に死傷者も出しているのですぞ!我が国がそんな事をするわけが無い!」


 ルーズベルトはそう言って反論するが、その額には脂汗をにじませていた。


「まあ、そうおっしゃると思っていましたよ。では、こちらをご覧ください。一部、日本から提供された資料もありますが、十分に信頼できると判断いたしました」


 チャーチルはおもむろに傍らのカバンを開けて、プラスチック製の黒いファイルケースのような物を取り出した。その物体の厚さは5センチくらいで、幅40センチ奥行き30センチほどある。チャーチルはそれをテーブルの上に置いて、パカッっと開いた。


 ルーズベルトは固唾を飲んで見守っていた。そのファイルケースの中から、偽旗作戦を示す証拠書類や写真が出てくるのだと思っていたのだがどうも様子が違う。


「チャーチル首相、それはタイプライターですか?」


 チャーチルが開いた物体にはキーボードが取り付けられており、開かれた蓋の内側は真っ黒な板状の物だった。


「まあ、タイプライターにもなるんですがね、これはもっと便利な物なんですよ」


 チャーチルはキーボードの右上にあるボタンを押す。すると、蓋の内側の色が一瞬少しだけ明るくなったかと思ったら、中央に何かしらのロゴが表示された。どうやら画面のようだ。


「“Doors42”・・・・ですか?」 ※1942年の42


 画面の中央にカラフルなドアが四つ並んでいて、その上にDoors42というロゴが表示されている。そしてそのロゴが消えると、薄青色の表示に変わった。


 チャーチルはその物体にプラスチック製のネズミのような装置から伸びているワイヤーを差し込んで、操作を始めた。


「それは、日本製の電子機器ですかな?」


 ルーズベルトが画面をのぞき込んでチャーチルに問いかけた。画面の厚さは1センチほどしか無い。画面表示の出来る物はブラウン管しか知らないルーズベルトには驚愕の技術に写る。


「ええ、ルーズベルト大統領。日本製の“パソコン”という物です。最近政府機関に導入されましてな、ものすごい優れものなのですよ。貴国の情報機関でも調査が進んでいると思いますよ」


 そう言ってチャーチルはポインターを画面上にあるアイコンの一つに合わせてダブルクリックをした。


 すると、トランプが並べられた画面に変わる。


「ソリティアというゲームです。ここをこうやって繋がった数字を重ねていくのですよ」


「ほうほう、なるほど、これは、なかなか、面白いですな」


 二人はしばしの間ソリティアのトランプゲームを楽しんだ。


「ルーズベルト大統領、そろそろ本題に入ってもよろしいかな?」


「ま、まあチャーチル首相、も、もうちょっとだけ・・ああ・・・そんなぁ」


 チャーチルはルーズベルトの手から無理矢理にマウスを取り上げてソリティアを終了させた。


「おほん!では本題にはいりますぞ。どうです?これがMI-6で調べた内容です」


 チャーチルは画面上にある別のアイコンをダブルクリックした。すると、画面いっぱいに何かしらの資料が表示される。


 そこには、偽旗作戦であることを示す様々な証拠が表示されていた。シュレッダーにかけられた文書を貼り合わせた物や、使った後のタイプライターのインクリボンの写真がある。電信だと日本に傍受されるため、この偽旗作戦の通達は全て文書にしてB17爆撃機で運ばれたことを示していた。


「チャーチル首相、貴国は我が国に対して違法なスパイ活動をしていたと言うことですか?これは重大な国際問題ですぞ!」


 ルーズベルトも、MI-6がアメリカ国内で非合法な活動をしていることは知っている。当然アメリカもイギリス国内で非合法活動をしているのだ。これはお互い様だと言って良いが、それをあえて相手に伝えることは通常無い。このことを伝えてきたと言うことは、イギリスは明確にアメリカと距離を置くという宣言に他ならないのだ。


「ははは、確かに重大な国際問題ですな。そういえば、アメリカからの旅行客が何人も我が国で逮捕されていることをご存じですかな?貴国への輸出が禁止されている日本製電子レンジの部品や兵器の電子部品を下着に入れて持ち出そうとするんですよ。先日は臨月のご婦人が逮捕されましてな、これは丁重に対応しないといけないと担当者は思ったらしいのですが、マタニティ服の下からはそういった部品の詰まった大きな袋が出てきたんです。ご存じないですかな?」


 ルーズベルトは、イギリスに持ち込まれている日本製品の調査をしていることは知っている。しかし、末端のエージェントがどうなっているかという報告は、通常大統領の所まで上がってくることなどないのだ。


「ルーズベルト大統領、そこはお互い様だと思っていただけると幸いですかな。我が国も、貴国の非合法活動に目くじらを立てるようなことはありませんよ。お互い、成熟した国家なのですからね。しかし、我が国の同盟国日本に対しての偽旗作戦、さらに都市への核攻撃は許容しがたいのです。それに、私がこの情報を入手していながら発表しないことが、万が一国民に漏れたら私は退陣に追い込まれるでしょう。それに、国民の対米感情も悪化します。そういうことだけは、できれば避けたいのですよ」


 チャーチルはいやらしい笑みを浮かべてルーズベルトを見た。アメリカにとってアキレス腱となるカードをイギリスは握っているのだ。それをちらつかせることによって、イギリスに有利な状況を作ろうとしているのは明らかだった。


「“国家に永遠の友人はいない、永遠の敵もいない、永遠の国益があるだけだ“とは、貴国のパーマストン首相の言葉でしたかな?しかし、日本と手を組むことが本当にイギリスにとって国益だったのですか?貴国は植民地を全て放棄させられたのですよ」


「ルーズベルト大統領。もちろん、日本と手を組んで植民地を放棄したことは我が国の国益に合致することですよ」


 チャーチルも、インドを手放さざるを得ないことはイギリスにとって痛手だと思っていた。しかし、それは短期的に見てと言うことだ。日本から提供された情報や今後の予測を踏まえて考えた場合、イギリス本国の十倍にも及ぶ人口を支配することなどどちらにしても不可能なのだ。それでもイギリスが独立を認めなければ、インドは戦争による解決を選択するだろう。そうすれば双方に甚大な被害が発生してイギリスは疲弊する。そうなる前に友好国としてインドが独立することは、イギリスにとっての国益になると判断したのだ。


「それにこのパソコンを見てもわかるとおり、日本の技術は信じられないくらい進んでいるのですよ。欧州での戦争が終わったことによって、かなりの技術が我が国にも開示されました。王立技術院で綿密に調査をした結果、通常であれば100年はかかるであろう進歩を日本は実現しているのです。これでは、ドイツもソ連も、そして貴国も太刀打ちできるはずなどないのですよ」

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