第394話 アメリカ上陸作戦(1)

「何が“アメリカに対しても適用される”だ!ふ、ふざけるな!ぜぇぜぇ」


 ミュンヘン国際軍事裁判の判決を聞いたルーズベルトは、いつものごとくハル長官に怒鳴り散らしていた。


「大統領。ドイツは国土に攻め込まれて政府が消滅した為、このような事になってしまいました。実際、日本と講和したオーストラリア等の指導者は逮捕されていません。無条件降伏では無く、講和に持ち込めれば実質の勝利です」


 ハル国務長官も、このルーズベルトと一緒に訴追される可能性があるのだ。自分のためにも、なんとしても降伏を避け講和に持ち込まなければならない。


「そ、そうだな、ハル長官。もし我々が無条件降伏をしたなら、貴様も一緒に吊される可能性があるからな。HD計画の進捗はどうなのだ?」


「はい、大統領。首都機能のデトロイトへの移動は順調に進んでおります。陸軍による要塞化も進行中です。五大湖の工業地帯はフル生産状態に入っており、陸上兵器も拡充が進んでおります」


「そうか。新型戦車の生産も大丈夫か?」


「はい、T43重戦車の配備は先行型600両が完了しています。来月にはM103重戦車として800両が配備される予定です」


 日本軍からの核攻撃は、沿岸から1000kmの範囲に限られていた。これは、巡航ミサイルの航続距離の限界だったからだ。その為、五大湖周辺の工業地帯は無傷で残っていたのだ。


 ※T43重戦車(M103重戦車) 史実ではソ連のIS戦車に衝撃を受けて開発が開始される。今世では、1939年に日本の九六式主力戦車が確認されたため、急ピッチで開発が行われた。この当時アメリカは試作重戦車には“T”を使っていた。120mm砲を搭載している。


 また、五大湖の造船所では、駆逐艦や潜水艦の増産も進められている。駆逐艦に関しては4日で1隻が完成するというハイペースだ。


 現在日本で大増産中の上陸用舟艇がキューバに回航されたなら、本格的に日本は上陸作戦を実行すると考えられた。そして、上陸用舟艇の性能から考えてフロリダ半島のどこかへの上陸となるだろう。それに備えて、南部から婦女子の疎開を開始している。また、主な橋梁には爆弾を仕掛けた。


 これだけ準備をすれば、日本軍が上陸してきてもかなり持ちこたえることが出来るはずだ。そして、なんとか戦争犯罪人の引き渡しを伴わない形での講和にこぎ着けなければならなかった。


 ――――


 日本軍はパナマ運河攻略をあきらめていた。これは、何度シミュレーションをしても無傷で手に入れることが難しいという結論が出たためだ。パナマ運河は全長82キロメートルにもおよぶ長大な運河だ。この運河によって大西洋と太平洋が結ばれている。しかし、これを攻略しようとした場合、アメリカは必ず運河の破壊を実行するだろう。そうなってしまうとガトゥン湖の水が大量に流れ出し、運河沿いにある町は洪水によって壊滅的な打撃を受けてしまう。民間人の死者も数万人が予想されるのだ。


 その為、完成した上陸用舟艇は遥かアフリカ南端の喜望峰を回って回航されることが決まった。距離にして3万キロもある。


 南アメリカ南端を回った方が近いのだが、このドレーク海峡は非常に波と風が強い。空母や巡洋艦は問題なく航行できるが、小型の上陸用舟艇で航海することは危険との判断だ。


 その為、日本を出港してキューバに到着するまで実に2ヶ月も要することになる。


 ――――


 1942年9月25日


「西大佐。いよいよキューバへ出発ですね。今まで以上に気合いが入ります」


 ここハワイには、アメリカ上陸作戦に向けて陸軍30万人が集結していた。一部先遣隊は輸送機によってキューバに直行する。その他の兵卒は、輸送船によってキューバを目指す。


 陸軍戦車旅団の西竹一大佐は、当然先遣隊として空路を使う。


「ああ、中村大尉。対独対ソ戦は友邦を救うためだったが今回の戦争は意味合いが違うからな。小倉で5万人の民間人が虐殺されたのだ。その半分以上が子供と女だ。部下の中には子供や妻を殺された者もいる。その恨みをなんとしても晴らしたい、そう思うのだがな・・」


 そこまで話した西竹一は話を止めて下唇を噛む。自分自身の親族に犠牲は無かったが、部下や知人の中には家族を殺された者もいる。彼らのアメリカへの復讐心は痛いほど伝わってくる。そして、何より自分自身の中にもそのどす黒い復讐心が宿っているのだ。


「・・・・しかし、陛下は“復讐しようと思ってはならない”とおっしゃった。アメリカの兵士や市民は、小倉への攻撃を知らなかったのだから必要以上に責めてはならないと。だが、それでも自分の心の中にある復讐の炎は消せないのだよ」


 西竹一は部下への訓示で“これは復讐戦争では無い”と何度も言葉にした。しかし、それは自分の本心では無い。やはり、アメリカに対して復讐したいのだ。


「おそらく、アメリカ人も我々に対して同じく復讐心を燃やしていると思いますよ。だからといって復讐心と復讐心をぶつけ合っていたら、永遠に憎しみの連鎖は終わらない。陛下はそれをおっしゃりたかったのだと思います」


 中村大尉の言葉はもっともだ。しかし、それはただのきれい事だとも言える。西竹一は、何故陛下はもっと国民と一緒になって怒りを表してくれないのかという不満もあった。


「西大佐、ロシアのアナスタシア皇帝はご家族を目の前で殺されたにもかかわらず、対ソ戦は復讐では無いと言っていました。復讐からは何も生まれないと。心の奥底では違うのかもわかりませんが、表面だけでもそう言うことで、付き従う者もそう思えてくるのですよ。なので、我々士官は本音では違ってもそう言い続けるのが良いと思います」


 副官の中村大尉は憎いほど正論を述べてくる。しかしその言葉で、部隊を指揮する自分たちこそ、行動の規範にならなければならないと再認識するのであった。

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