第391話 キューバ危機

 キューバのホセ・ミロ・カルドナ首相はバティスタ政権が行った日本への宣戦布告は誤りであるとして、双方条件無しでの終戦を発表した。そして、日米両国に対して完全中立を宣言する。


 さらに、日本に対しハバナから西に約70kmほどの所にあるシルビオ・カロ周辺の入り江を軍事基地として貸し出すとの条約を結んだ。


 キューバ国内にはグアンタナモにアメリカ海軍基地がある。キューバは中立を堅持する証として、在キューバアメリカ軍基地と同等の面積を日本に貸し出すことにしたのだ。


 首班となったホセ・ミロ・カルドナ首相は緩やかな社会主義国家を目指していた。それは日本の協力の下で発展してきているベトナムのような国を理想としていたのだ。しかし、アメリカの手先であるバティスタを引きずり下ろしてしまえば、アメリカは遠慮すること無く軍事介入をしてくるだろう。だから日本軍基地を誘致して、危険ではあるがギリギリのバランスの上で安全を確保しようとしたのだ。


 これにより、キューバ国内にアメリカ軍基地と日本軍基地の両方が存在するという事態になってしまった。


 ちなみに、日本に貸し出す土地の賃料として年間金貨2000枚を現物で受け取ることになっている。これもアメリカの賃料と同じに合わせている。つまり、何から何まで日本とアメリカに対して平等に接するという中立宣言だった。


 ――――


 アメリカ ホワイトハウス


「うぐ・・・はぁはぁ・・」


 ルーズベルトは最近では車いすで移動するようになり、時々胸を押さえて苦しそうにする事が多くなった。もともと体は丈夫では無かったのだが、ここ最近の戦局の悪化でさらに心労がかさなっていたのだ。


「大丈夫ですか?大統領?」


「くっ・・・これが大丈夫なことがあるか!キューバに日本軍の前線基地だぞ!フロリダからたった200kmしか離れていないんだぞ!」


 キューバにホセ・ミロ・カルドナ政権が発足してすぐに中立を宣言した。ここまではまだ良い。しかし、日本軍基地の建設まで宣言したのだ。そしてその日のうちに、ハワイを飛び立った輸送機が8000kmも飛行して基地建設予定地の滑走路に降り立った。その機数は300機以上だ。そして、キューバ政府から提供された燃料を補給して再度ハワイに向けて飛び立っていく。


 これに対してフロリダからP38やP47戦闘機を迎撃に向かわせたのだが、全てたどり着く前に撃墜されてしまった。日本の輸送機編隊にはミサイルだけを搭載した輸送機が必ず随伴しているのだ。そのミサイルキャリアとも言える輸送機によってアメリカ軍の戦闘機は近づくことが出来ない。さらに、第一陣の輸送機部隊によって対空ミサイルや対空機関砲を持ち込んでいて、基地に近づくことも出来ないのだ。


 そして、輸送機の予想進路上に駆逐艦を急行させたのだが、これもすべて潜水艦による魚雷攻撃や巡航ミサイル攻撃によって撃沈されてしまった。


 さらに、日本軍は耐熱舗装滑走路を二日ほどで完成させた。そこに、エルサルバドル沖まで進出してきた日本の大型空母から、九七式戦闘攻撃機や零式戦闘攻撃機が飛来したのだ。


 キューバ革命からたったの5日間で、日本は強固な前線基地の構築に成功した。


「キューバめ!なにが中立だ!グアンタナモ基地に燃料を供給しているから日本軍にも供給しているだけだと?詭弁を弄しおって!このチェ・イシワラという人物は元日本陸軍の軍人なのだろう!?完全な出来レースだ!こんなことが認められるか!海上封鎖だ!キューバを完全に海上封鎖しろ!」


 ルーズベルトは海軍長官に対して海上封鎖をするように命令をした。しかし、その命令に対して海軍長官はうつむいたまま何もしゃべらない。


「どうした!海上封鎖をすれば、日本の揚陸艦はたどり着けないだろう!揚陸艦さえ無ければアメリカ本土への上陸は出来ないはずだ!」


 海軍長官は“はぁ”と大きなため息を吐いてからゆっくりと口を開く。


「大統領。キューバに向かわせた船はことごとく撃沈されております。おそらく、すでに30隻以上の日本の潜水艦が展開していると思われます。また、日本の前線基地に配備された巡航ミサイルの攻撃によっても被害が出ております。海上封鎖されているのは我々の方なのですよ」


 実際にこの方面でアメリカの領海を出た船はほとんど撃沈されていたのだ。日本軍はこの海域に航行禁止海域を設定して、事前通告無しに航行する船は軍民問わず撃沈すると宣言していた。


 日本軍前線基地から離れたところに上陸してハバナを制圧することも検討されたのだが、日本の潜水艦による攻撃によってそれも断念している。


「くっ・・・そうだ!パナマ運河だ!パナマ運河だけは死守しろ!いや、いざとなれば完全に破壊するんだ!情報にあった日本の量産型揚陸艇はそれほど長距離の航海はできないのだろう?ならばパナマ運河の奪取に動くはずだ!なんとしてもそれを阻止するんだ!」


 ――――


 宇宙軍本部


「石原先生、ご苦労様でした。さすがですね。ここまで鮮やかに革命を完遂出来るのは石原先生以外にはいませんでしたよ」


 テレビモニターの前で高城蒼龍が石原莞爾に敬礼をする。それに対して石原は陸軍式の敬礼をする訳でも無く、手をひらひらと振って笑顔を見せた。


「高城中将。作戦が成功したのも宇宙軍とロシアのバックアップがあってこそだよ。しかし、ルルイエ機関とロシアKGBの能力はすさまじいものがあるね。私も諜報や欺瞞工作については一家言あったが、それも遠く足下に及ばなかったね。トロツキーの秘書も、何年も前から送り込んでいたのには驚きだ。これも未来知識のおかげかい?」


「ははは、そうですね。私はその知識を最大限利用しますよ。まあ、それでも思い通りにならないこともあるんですがね。ところで石原先生、今後はどうなさいますか?日本にお戻りになりますか?」


「どうした方が良いかな?私としては、せっかく自分の力で独立させた国なので、もう少しカルドナ首相の側で頑張りたいと思っているのだがね。高城くんほどではないが、私の知識を最大限ここで活用しようと思う」


「石原先生らしいですね。それでは是非ともよろしくお願いします。ただ、ご理解いただいていると思いますが、もし独裁や民衆の弾圧を実行するようでしたら・・・わかりますよね?」


 高城蒼龍は少しだけ眉根を寄せて口の端をつり上げる。


「怖いなぁ、高城中将。私もね、死ぬときは畳の上で死にたいと最近では思うようになったんだよ。心配には及ばないよ。それに、カルドナ首相は良い人間だ。意気投合したしね。彼を裏切るようなことはしないさ。ところで気になっていたんだが、そのシャツの絵はいったい何の冗談だい?」


 モニター越しの高城蒼龍は軍服を着ておらず、白地に大胆に人の顔をあしらったTシャツを着ていた。その人の顔は、ベレー帽を深くかぶり、口ひげとあごひげを蓄えている。そう、チェ・イシワラの姿そのものだった。


「かっこいいでしょ?今度これを発売するんですよ。きっと世界中の若者の間に大流行します」


「・・・・・・・」


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