第369話 カナダ脱落
「キング首相!日本に降伏して裏切るつもりか!」
ルーズベルト大統領はカナダのキング首相に直通電話をつながせた。そして、頭ごなしに怒鳴りつける。もはや、大統領としての体裁を整える余裕も消えていたのだ。
「な、何が裏切りだ!ふざけるな!全てアメリカに任せれば大丈夫だと!?経済制裁までちらつかせて無理矢理共同参戦国にしたのはお前達だろう!日本には反撃の手段が無くアメリカが必ず守ると言ったよなぁ!ああ?それがどういうことだ!トレイル市の生存者はほとんど居ないんだぞ!お前らのせいで2万人も殺されたんだ!やっていられるか!これ以上アメリカに付き合っていれば国家の存亡にかかわるんだよ!同盟は破棄だ!カナダは日本と単独講和をする!邪魔をするな!」
そういってキング首相は電話を切ってしまった。
「くっ、くそっ!裏切り者め!陸軍長官!東部の連邦軍を使ってオタワを占領するんだ!カナダの軍備など知れている!なんとしてもカナダの降伏を阻止するんだ!」
「し、しかし大統領。カナダに侵攻した場合、イギリスが黙ってはいないと思います。万が一イギリスが我が国に宣戦布告をしたなら、日本軍がイギリス領を使えるようになるかも知れません」
「ではこのままカナダの降伏を放置するのか!?そうなればカナダとの国境線5000kmのどこからでも日本軍が侵攻してくるんだぞ!オタワを占拠してカナダ軍の実権を奪うんだ!」
――――
東京 大本営
「イギリスから仲介のあったカナダとの講和ですが、以下の条件でよろしいでしょうか?」
鈴木貫太郎首相が、政府主導で策定した講和条件を説明する。
・人種に関する差別の完全撤廃
・カナダ軍の無条件降伏と武装解除
・EATO(東アジア条約機構)軍の進駐
・カナダ政府の解体はしない。国際秩序を遵守し、平和で民主的な体制が確立するまでEATOの指導下にはいる。カナダ政府は全面的に協力し、憲法改正を含めて必要な法整備を行う。
・カナダの領土は、西経85度以東を保証する。西経85度以西の帰属については、先住民との協定締結後、EATOが決定し、カナダ政府はその決定を無条件で受け入れる。
・戦争犯罪人の捜査と訴追権をEATOにゆだねる。その活動には全面的に協力する。
・カナダに対して戦争の賠償は求めない。
・カナダの占領政策には、イギリスがオブザーバーとして参加し、イギリスの意見を考慮する。
西経85度以西にはほとんど人は住んでおらず、西海岸最大都市のバンクーバーでも10万人に届いていなかった。そのため、西経85度以西の施政権を“一時的”に失っても、カナダは受諾するだろうとの、イギリスの意見もある。
「それでは、カナダが講和条件を受諾すればバンクーバーに上陸できると言うことだな。しかし、そこから陸路で東を目指すにしても4000kmもあるのか。それに、カナダの降伏をアメリカが座して見守るとは思えませんな」
海軍大臣の懸念ももっともだ。カナダが日本に降伏してしまえば、国境線5000kmのどこからでも日本はアメリカに侵入できるようになる。これをアメリカが許容するとは思えない。
「イギリスは、もしアメリカがカナダに進駐した場合アメリカに対して宣戦布告を検討せざるを得ないと警告をしています。まあ、カナダの失陥とイギリスを敵に回すことを天秤にかけて、どちらに傾くかはイギリスの外交手腕にもかかっておりますな」
鈴木首相も、今回の件ではイギリスに期待するところが大きかった。イギリスは中立を表明して軍事的な協力は拒否しているが、日本からのハイテク製品の輸出や技術移転は継続して行われている。これは、イギリスに対する“人質”のような意味合いがある。日米戦争に、直接参戦しなくても良いが日本に協力しなければこれらの技術移転を停止するとちらつかせているのだ。
「この戦争で、アメリカドルの為替レートが下がっています。つまり、イギリスにしてみれば、アメリカから借りているドル建て借金が目減りしているということなので、本音ではアメリカの混乱を歓迎しているのかも知れません。どこまで本気で仲介をしてくれるのかは不透明でしょう」
陸軍大臣も懸念を伝える。国際政治にとって“人の不幸は蜜の味”でもあるからだ。
「それと、イギリスからは“東京宣言”の要求を引き下げて欲しいとの意見があります。少なくとも、領土は最終的に現時点の本土の領土保全を約束して欲しいとのことですな。アメリカも、領土が独立13州に減らされるという条件はなかなか飲めないでしょう」
鈴木首相が、イギリスからの意見を伝えた。領土の問題は、講和実現の最大の妨げになっているということだ。
アメリカは、小倉に核攻撃を実施した直後の宣言で、日本に対して無条件降伏と台湾、千島、樺太の放棄、EATOの解体を迫ったのだ。“最終的な日本の領域はアメリカが決定する”と明記されていた。
そして、日本から突きつけた東京宣言の要求項目は、アメリカから突きつけられた降伏要求の条文をほぼオウム返しにしただけの物だったのだ。
「ばかばかしい!日本に対しては台湾と千島と樺太の放棄を迫ってきたんだぞ!台湾民族とアイヌ民族から不当に土地を取り上げたと言ってな!それと同じ事を要求しているだけのことだ!先住民から奪った土地を返すというのは、アメリカの“正義”なんだろう!」
陸軍大臣が声を荒げる。アメリカの掲げる正義では、先住民の土地は先住民に返すべきとの事だった。それならば、アメリカの土地は先住民に返すべきと言うのは道理の通る話だ。
アメリカに対する領土放棄要求は、陸海軍からの強い要請で組み込まれた物だった。
高城蒼龍としては、東京宣言の領土に関する要求をアメリカは受け入れないだろうと思っていた。この条項は講和のための妨げになることは明らかだった。
しかし、宇宙軍の発言力が強くなってきているとはいえ、陸海軍の非常に強い要求をはねのけることは出来なかったのだ。
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