第368話 マニラ制圧作戦(4)
防空壕の入り口から20mほど入ったところで、少し広くなった空間にたどり着いた。そして、そこに赤十字の腕章をした看護婦達が倒れていた。
彼女たちは壕の入り口から一番遠い場所で、折り重なるように死んでいた。何人かは口や耳から血を流している。しかしほとんどの者は、顔が煤と土で少し汚れているだけで損傷はない。そして、流した涙の形に砂埃が付着していた。
攻撃から出来るだけ逃げようと奥の方に移動したのだろう。しかし、日本軍による無慈悲な爆撃によって、肺がつぶされたか一酸化炭素中毒で、みんな死んでしまったのだ。
「隊長・・・この娘(こ)たち・・・・俺らが殺したんっすよね・・・・」
斉藤は副長の発言に返答が出来なかった。
斉藤は、ポーランドのワルシャワ解放作戦で助けたハンナと付き合うようになっていた。彼女はワルシャワが解放された後、資格は無いが看護婦として負傷兵の手当をするため、ポーランド国内軍と行動を共にしていた。ハンナは友軍の兵だけで無く、ドイツ兵であっても分け隔て無く手当てをしたと手紙に書いて送って来ていた。
そんなハンナのことを、斉藤は誇りに思っていたのだ。民族を守るために銃を取って戦い、そして、傷ついた者であれば敵味方問わず手当をする、まるで聖女のような彼女だ。
今目の前で横たわっている女性達は、ハンナと同じ崇高な志しで従軍看護婦に志願した人たちだろう。こんな危険な場所で、それでも傷ついた兵士を一人でも救おうとしていた彼女たちを、自分たちは無残にも殺してしまったのだ。
ヨーロッパの市街戦でも、少年兵や女性兵を射殺したことはあった。しかし、それは自分たちに銃口を向けてきた敵兵だ。致し方の無いことだった。
だが今回はそうでは無い。赤十字を掲げた野戦病院を爆撃し、そこにいる彼女たちを皆殺しにしてしまった。
もしハンナが戦場で殺されたなら、殺した相手国の全てを憎むだろう。戦争なのだから、自分たちもそうしてきたのだから、相手を恨んではならないと頭ではわかっている。しかし、自分の心の底にあるどす黒い感情を押しとどめる自信は無かった。
“この娘たちの家族や恋人は、俺たちのことを許してくれないだろうな”
頬にそばかすのある、まだ成人に届いていないのではないかと思える赤毛の少女が、その魂の抜けた目で斉藤をにらんでいる。死に顔がハンナの顔に重なって見えた。
「この娘(こ)達を丁重に運び出せ。認識票も確認しておけ」
看護婦達を一人ずつ運び出し、壕の外に並べていく。そして申し訳ないと思いながら、胸元から認識票を引っ張り出して見えるように置いていった。それを撮影班が一人ずつ写真に収めていく。
“犠牲になるのはいつも下っ端の人間だ”
今回の日米戦争が、どんな理由があって始まったのか詳しくは知らない。新聞やラジオでは、知ったかぶりのコメンテーターが好きなことを言っているが、意見はまちまちだ。軍からはアメリカ軍による偽旗作戦が実行され、小倉に核兵器が使われた。そして、その報復にアメリカの都市や基地に対して核ミサイルを撃ち込んだという事実を伝えられただけだ。
非人道的な事をしてきた相手だから、だから、こっちも同じようにすればいい。同じ目か、もっと悲惨な目に遭わせればいい。斉藤はそう思っていた。しかし、この娘たちは、そんな復讐心の犠牲になってしまったのかもしれない。
“この娘たちに、何の責任があるっていうんだ!”
開戦からたったの数時間で、双方併せて200万もの市民や兵士が犠牲になったのだ。それは、人類史上最悪の狂気の始まりを思わせた。
――――
ワシントン ホワイトハウス
「ばかな・・たった1日でフィリピン駐留軍が全滅だと!?マッカーサーも死んだのか?」
「マッカーサー司令は行方不明です。しかし日本軍の発表では、コレヒドール要塞の中にいた者で生存者はいないということなので、死亡した可能性は高いと思われます。また、現地駐在のAP通信とロイター通信は、コレヒドール要塞のあったマリンタ丘は跡形も無く消し飛んでいると報道しています」
「120mもある丘が跡形もないだと!そんなことができるものか!連中は条約違反の核兵器を使ったのではないのか!?」
ルーズベルトの常識では、標高120mの丘を一夜で消し去るなど、通常の兵器で出来るとは考えられなかったのだ。
「大統領。日本軍は対ソ戦においてトーチカを破壊する爆弾を使っています。陸軍の分析によれば、その強化型ではないかということです」
「くっ、そんな兵器を持っているというのか!?半年は持ちこたえると言っていたフィリピンがたった1日だぞ!」
コンコン
大統領執務室のドアがノックされ、国務次官がメモを持って入室してきた。そして、そのメモをハル国務長官に渡して耳打ちをする。
ハル国務長官は小声で“本当なのか?”と国務次官に問いかけたが、その返答は“間違いありません”というものだった。
「なんだ?国務長官。何があったんだ?」
ルーズベルト大統領は、いらだちを隠すこと無く国務長官に報告を求めた。
「はい、大統領。カナダが日本に接触しています。どうやら単独講和を持ちかけたようです」
執務室にいた全員の表情が凍り付いた。カナダはイギリス連邦を形成する一国で、第二次大戦でも国連軍として英日と共に戦っている。万が一にも今回の戦争で日本側に付くことの無いように、圧力をかけてわざわざ共同参戦国に名前を連ねさせたのだ。
「バカな!単独講和だと!?もしカナダが日本に降伏したら、日本軍はカナダ経由で侵攻してくるぞ!だめだ!なんとしても阻止しろ!」
アメリカにとってカナダが日本に降伏するなど、容認できることでは無かった。日本と講和をして中立ならまだしも、「東京宣言」を読む限りそんな甘い予測は無意味に思える。
カナダは地方都市とはいえ、トレイル市に核攻撃を受けて2万人の死者を出している。これ以上戦火が拡大して、カナダ本土に被害が出ることを恐れてのことだろう。
「カナダのキング首相に電話をつなげ!今すぐにだ!」
---------
<お知らせ>
本日、大日本帝国宇宙軍 第一巻の発売を無事迎える事が出来ました。
ひとえに読者の皆様の応援のおかげです。
第一巻の売り上げがそこそこ行けば、第二巻も発売出来る予定です。
Amazonや楽天ブックス等で購入できます!
何卒よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます