第366話 マニラ制圧作戦(2)

「目標まで8km、全機地中貫通爆弾投下!」


 空母鳳翔を飛び立った45機の九七式艦上戦闘攻撃機は、それぞれ2本の地中貫通爆弾を装備していた。そして、電柱を思わせるような大きな爆弾を、マッハ0.8の速度で投下する。


 投下された爆弾は高精度ジャイロと先行していた哨戒機からのレーザーによって正確に誘導され、ピンポイントでコレヒドール島のマリンタ丘とバターン半島の地下壕に着弾していった。


 それはほんの一瞬の出来事だった。標高120mのマリンタ丘に着弾した地中貫通爆弾は、その勢いのまま40mほどの深さまで土に突き刺さる。そして、内蔵されている300kgにも及ぶ高性能炸薬が、遅延信管によって爆発した。マリンタ丘に着弾した50発もの地中貫通爆弾は地表から40mもの深さで大爆発を起こす。合計15トンもの炸薬が司令部壕のすぐ上で爆発したのだ。この爆発は、マリンタ丘のほとんどを消し去るには十分な破壊力を持っていた。また同時に、バターン半島にある地下壕にも甚大な損害を与えていた。


 マッカーサーや高級将校とその家族、そして司令部壕に居た8000名の米軍兵士は、その初撃によってマリンタ丘と運命を共にしてしまった。


 コレヒドール要塞から海を挟んだバターン半島の司令部壕にも地中貫通爆弾の攻撃が実施され、同じく瞬時に無力化されてしまう。


 そして、指揮命令系統が崩壊したアメリカ軍兵士達は、夜空に向かって高射砲を撃ち続けていた。射撃管制レーダーは日本軍機をとらえ、その未来位置に照準を合わせて射撃しているのだが、全く当たらない。米軍が使用している90mm高射砲は最大射高10,500mを誇っているが、日本軍機は11,000mの高空を飛行しているのだ。これでは、どんなに正確な射撃を行っても届くはずがなかった。


 九七式艦上戦闘攻撃機に続いて、510機の九八式重爆撃機による攻撃が始まった。今回使用する爆弾は、実戦配備はしていたのだが人道的配慮から使用しなかった特殊爆弾だ。しかし、今回は高度に要塞化された地区への攻撃なので、周りに民間人は存在しない。それに、非人道的な攻撃をしてきたアメリカ軍への使用は、ためらわれることがなかった。


「サーモバリック弾投下開始!」


 510機の九八式重爆撃機から、大量のサーモバリック弾が投下された。400kgの弾頭が一機あたり25発搭載されている。これが短時間で合計12,750発、コレヒドールとバターンのアメリカ軍陣地に投下されたのだ。


 投下されたサーモバリック弾は、近接信管によって地上30m程度で爆発する。最初の爆発で、内蔵されていた固形燃料(的な物)が雲のように広がり、少し遅れて着火するのだ。


 そして激しい“爆轟(ばくごう)”を起こす。


 通常の火薬による爆発ではなくサーモバリック弾の爆轟は、周囲の酸素を消費して半径50m程度に渡って無酸素状態を作り出す。そして中心温度は3000度以上に達し半径約100m以内の物体を焼き尽くすのだ。さらに爆轟による衝撃波によって、半径数百メートル以内の人間は肺や鼓膜を損傷し行動不能になる。21世紀においても、核兵器に次ぐ破壊力を持つと称される強力な爆弾だ。


 日本軍は、この時点で保有していたサーモバリック弾のほとんど全てを投入した。フィリピンに立てこもる米軍を瞬時に殲滅し、その惨状を世界とアメリカに伝えて戦意を削ぐことが目的だった。


 史実のベトナム戦争でも、アメリカ兵の悲惨な状況が報道されるようになってから反戦運動が本格化してきた。誰しも、自分の夫や息子や父が、無残に焼き殺される姿など見たくはないのだ。


「看護婦達は壕の一番奥に隠れていろ!この中なら安全だ。爆撃が終わったら、負傷兵の手当を頼む!」


 USANC(アメリカ陸軍看護隊)の看護婦達20名が、バターン半島の防空壕の中で身を寄せていた。最初の攻撃で、司令部のある方角から地球が割れたのではないかという位の爆発と振動が伝わってきた。海を挟んだコレヒドール要塞には、同僚達30人ほどが勤務している。仲の良い友達もいる。つい10日前までは、自分たちが戦争に巻き込まれるなどこれっぽっちも思っていなかった。でも、現実は残酷だ。


「各自、消毒液とガーゼ・包帯を確認して!」


 30歳くらいの気の強そうなりりしい看護婦が、若い部下達に指示を出した。爆撃が終わるまで、出来ることは何もない。じっと耐えて、生き残るしかないのだ。そして、必ず生き残り、負傷した兵士達を助けなければならない。


「キャサリン、大丈夫?手が震えているわよ」


 先任の看護婦が、入隊したばかりのキャサリンに話しかける。頬にそばかすのある、赤毛の初々しい看護婦だ。消毒液の瓶を箱から出して肩掛け鞄に入れようとしているのだが、手が震えてどうにもうまく収まらないようだった。


「ゆっくり息を吐いて、そして息を吸い込んで。落ち着いてゆっくりすれば大丈夫よ。爆撃はまだ続くわ。入れ忘れが無いようにね」


 そう言って、キャサリンの震える手を優しく握った。


「あ、ありがとうございます。わたし、怖くて・・・・・」


 怖いのはキャサリンだけじゃ無い。みんな等しく恐怖におびえている。でも、それに打ち勝つ精神力を持たなければ、人々を救うことは出来ないのだ。



 看護婦達はすぐに手当が出来るよう、懐中電灯で包帯や消毒液を確認し、肩掛け鞄に入れていく。外には、自分たちを必要としている負傷兵がたくさんいるはずなのだから。


 攻撃開始から2時間ほどで、アメリカ軍は組織的な反抗が出来ないほどの打撃を受けてしまった。バターン半島では、配置されていた人員の半数程度は行動可能な状態だったが、コレヒドール島にいた兵士達はほぼ絶望的だった。コレヒドール要塞のある島全体にわたってサーモバリック弾による激しい爆撃を受けたのだ。この小島に生えていた木々は、すでに一本も存在していなかった。サーモバリック弾の激しい爆轟は、防空壕の中に潜んでいた兵士達の肺を圧力によってつぶしていた。発生した一酸化炭素は、生き残った兵士達の脳細胞を壊死させた。


 サーモバリック弾による激しい爆撃が終わり、続いて250機の輸送機がマニラ市上空に侵入してきた。


「第一空挺団、降下開始だ!」

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