第362話 リバプール条約

「チャーチル首相。丁度良いところに連絡をくれた。日本からの卑怯な騙し討ちについて、貴国とも相談しなければならないと思っていたところだ」


 チャーチルから緊急の電話と聞いて、イギリスの協力を得られるかもしれないとルーズベルトは考えた。向こうから連絡をしてきたのだから、何かしらの提案であることは間違いない。イギリスは日本と同盟を結んでいるため、今回の作戦を事前には知らせなかった。しかし、日本から戦端を開いた場合、イギリスは参戦の義務は無い。我が国がこれほどまでに酷い攻撃を受けたあとの連絡と言うことは、決してアメリカにとって悪い話では無いだろう。なんとしてもうまく立ち回って、イギリスを確実な味方につけなければならなかった。


「ルーズベルト大統領。今回は貴国の甚大な被害に際して、犠牲者にお悔やみを申し上げる。しかし、貴国も大胆な事をしたものだね。日本に対してまさか先制核攻撃を仕掛けるなど、正気の沙汰とは思えませんな。フロンティア精神のある国はやはり違いますな」


 ルーズベルトはチャーチルの嫌みに言葉を飲んでしまった。しかし、ここでたじろいでいてはならない。アメリカ国民1.4億人の運命がかかっているのだ。


「な、何を言われますか。最初に奇襲攻撃をかけてきたのは日本です。強力な日本軍の侵攻を止めるため、致し方なく核を使ったまでのこと。すべては日本が悪いのですよ。出来れば、貴国にも是非支援をしていただきたい。それよりも、電話では日本に盗聴される可能性があります。時間はかかりますが、暗号電信でやりとりしませんかな?」


 この当時の電話回線は、完全なアナログ通信だ。そのため、電話線の経路のどこかに盗聴器を仕掛ければ、簡単に通話を傍受できた。


「盗聴ですか?暗号電信でも同じですよ。まさかアメリカは日本の盗聴解読技術も知らないのですかな?どんなに複雑な暗号を組み立てても、日本のコンピューターによって瞬時に解読されるのですよ。我々の暗号技術など、連中にとっては子供の言葉遊び程度にもなりません。無駄ですよ。それに、今回の提案は日本からの依頼なので、私が何を言うかは連中もわかっているのですよ」


 それを聞いたルーズベルトは顔色を青くした。イギリスもすでに日本側に付いているのかと。


 今次欧州大戦において、イギリスから再三の参戦要求を無視し続けたにもかかわらず、なんとなくイギリスならアメリカの味方に付いてくれるだろうという、根拠のない期待をルーズベルトは持っていたのだ。


「に、日本からの提案ですかな?まさか講和の仲介をイギリスがしてくれるとでも?」


 チャーチルは、イギリスの求めに応じず対独戦に参戦しなかったアメリカに対して、良い感情を持っていなかった。イギリスが困っているときには手をさしのべず、アメリカが困っている時にだけ支援して欲しいなどとは虫が良すぎる。


「講和の仲介については、我が国から日本にも提案したのですが、それは断られましたよ。日本はアメリカに対しての要求をまとめているところのようですが、貴軍の無条件降伏は大前提として、核兵器を使うことを決定した責任者を戦争犯罪人として引き渡すこと、それと、10年程度日本の占領下で再教育をすると言っておりましたな。貴国がそれを飲むのであれば、我が国は喜んで講和の仲介をしますよ。ははは」


 それを聞いたルーズベルトはさらに顔を青ざめさせた。心臓のあたりが痛み始める。核兵器を使うことを決定した責任者とは自分のことだ。講和の条件が自分自身の身柄の引き渡しなら、とうてい受け入れられるものではない。


 イギリスとしても、ドイツとソ連の脅威が無くなった現在において、アメリカがどうなろうとそれほど興味のあることではなかった。石油の供給も北海油田や中東から十分に確保できる。大戦が終わったため、日本からの技術供与も本格化してきた。もし日本がアメリカを解体してくれれば、アメリカから融資してもらった多額の戦費も、うやむやの内に返済しなくても良くなるのではないかという期待すらあったのだ。


「で、ではどのような提案を持ってこられたのですかな?」


「ええ、大統領。この戦争において核兵器を使わないという内容の、戦時条約を結びたいと申し出がありました。それを我が国に仲介して欲しいということですな」


 チャーチルの話を聞いて、ルーズベルトには少しだけ光明が見えた気がした。核兵器を使用しない戦時条約と言うことは、これ以上日本には核兵器が無いのではないだろうか?


「ルーズベルト大統領。勘違いしてもらっては困るのですが、日本にもう核兵器が無い訳ではないということですよ。必要とあればあと27発、30分以内に貴国の都市に打ち込めるそうです。さらにその内の8発は、今回の核爆弾の20倍の威力があるそうですぞ。補給をすれば、アメリカの各州に3発ずつ落とせると言っていたので、まだ150発はあるということでしょう。アメリカがさらに核兵器を使用したならば、アメリカの戦争能力を奪うために、ワシントンをはじめとした政府機関を全て消滅させざるを得ないと、日本の吉田大使は言っておりましたな。そうすると占領政策が大変なので、出来ればそんな事はしたくないということですな」


 ルーズベルトはその内容に驚愕して言葉が出なかった。アメリカの核攻撃から数時間で20発も打ち返してきたのだ。おそらく、核ミサイルを搭載した潜水艦を潜ませているのだろう。そして、その20発で終わりと言うわけではなかったということだ。


「あの爆発の20倍?それは本当ですか?ニューヨークでは50万人以上が犠牲になったのですよ!その20倍もの威力があるというのですか!?」


「ルーズベルト大統領。アメリカは日本を侮りすぎましたな。一緒に欧州大戦を戦った我々にはよくわかったのですよ。日本とは絶対に敵対してはならないとね。それに、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドを巻き込んだことは、我が国としても許しがたいのです。まあ、それはともかくとして、我がイギリスとしてもこれ以上民間人に犠牲が出ることは容認できない。在米イギリス人も多くおりますからな」


 こうしてアメリカは、イギリスの仲介で日本と戦時条約を結ぶことを受諾した。


 開戦から4日後、吉田大使とワイナント米大使が全権大使として、核兵器不使用条約に調印をした。この条約は、調印したイギリスの都市の名前から“リバプール条約”と呼ばれることになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る