第361話 Point of no Return(6)

「バカな!本当に核攻撃があったというのか!?」


 アイクス内務長官からの報告を受けて、大統領のルーズベルトは狼狽する。


「はい、大統領。国内20カ所の都市や軍施設が攻撃を受けた模様です。それと、カナダのトレイル市もです。現在、州軍を中心に救助活動を始めています」


「救助活動を・・・、連邦軍も救助に出動させるんだ」


「そ、それが、連邦軍の主な拠点はほとんど攻撃されて壊滅状態です。詳しくは陸軍海軍長官から報告があると思います」


「なんということだ・・・」


 野村大使から事前通告のあった21カ所全てに、核兵器による攻撃があった。アメリカ国内20カ所と、カナダ1カ所だ。


 そして、時間とともに各地の被害報告が集まってきた。


「ニューヨークでは50万人から70万人が死亡・・・・・。フィラデルフィア、ノーフォーク、サンディエゴ・・・・・、陸海軍のほとんどの大規模拠点が全滅・・・・合計で150万人以上が殺されたというのか・・・・。これがたったの30分間の出来事か!?しかも負傷者はその数倍で、ほとんどが助かりそうにないだと!お前達は日本からの核による反撃は無いと言っていただろう!どういうことなんだ!いったい誰が責任を取るんだ!」


 ニューヨークとサンディエゴでは非戦闘員への被害が大きかったが、それ以外の軍事目標においては軍人軍属が中心だった。それでも、合計で150万人以上が犠牲になったと推計されている。


 野村大使から事前通告があったが、アメリカ政府としてはそれを黙殺することにした。どう考えても実行不可能に思えたし、政府が避難を呼びかけた場合、本土防衛はどうなっているのかと追求されてしまうからだ。また、通告を受けた新聞社も、すぐに新聞を印刷することなど出来ない。唯一、ラジオ放送にて日本が攻撃を予告したという情報が流されたが、それを信じて避難した人はほんのごく少数だったのだ。念のため、目標とされた基地の司令官や高級将校のみ退避をしたが、基地内の防空壕かもしくは数キロの退避だったため、そのほとんどが死亡している。


 被害報告を聞いた閣僚達は、ルーズベルトを囲んだまま沈痛な面持ちで皆黙っていた。米西戦争では同じ方法でスペインに戦争をしかけて、キューバとフィリピンを手に入れた。今回も同じようにすればうまく行くはずだった。


 ※1898年、アメリカ戦艦メイン号において白人士官が船を下りた後、有色人種だけになった船内で“原因不明”の爆発事故が起きて沈没する。これを、スペイン人による破壊工作だとして、世論が悪化。ついにスペインと戦争になった。


 アメリカの政治家は、自分専用のシンクタンクを持っているケースが多い。ルーズベルトを始め、各閣僚にも優秀な秘書官や分析官がついている。その分析官達が、口をそろえて“やるなら今”と言ってきたのだ。彼らはその分析官達の進言に従い、大統領に開戦プランを提案した。開発に成功したばかりの核兵器を使うことを前提に。


 ――――


 イギリス ロンドン


「吉田大使、核攻撃の報復をしたのは理解できなくはないが、なぜカナダのトレイルを攻撃対象にした?カナダは英連邦を構成する一国だと言うことは知っているだろう。これには、我が国の国民も怒りを覚えている」


 イギリスのチャーチル首相は吉田大使を呼びつけて、今回の核攻撃について詰問をしていた。特に、英連邦の一国であるカナダへの攻撃は、対日感情を悪化させかねなかったのだ。


 吉田茂大使は傍らの鞄から、5センチ厚ほどの分厚い資料を取り出してチャーチルに渡した。


「これは、我が国が調べたアメリカの核開発に関する資料です。カナダのトレイルでは、核開発に使う重水を製造してアメリカに供給していました。我が国に対して核攻撃を行ったアメリカと共同で宣戦布告をし、さらにその核爆弾の製造を担っていたのですから、核兵器関連工場をたたくのは当然ではないですかな?それに、ここで製造された重水は、貴国へもかなり輸出されていますな」


 チャーチルはその資料を手に取り、渋い顔をして吉田をにらむ。


 アメリカとイギリスの核開発において、カナダが果たした役割は大きい。重水の供給工場があり、また、カナダ産バナジウム鉱にウランが含まれていたため、それらをアメリカとイギリスに供給していたのだ。


「それよりチャーチル首相。イギリスはカナダの動きに気づかなかったのですかな?カナダが我が国に宣戦布告することを知っていて、もし黙っていたのなら重大な問題ですぞ」


 カナダは英連邦加盟国ではあるが、1926年には外交権を獲得し、1931年のウェストミンスター憲章によって完全な独立を果たしている。イギリス出身のカナダ総督を置いてはいるが、それは形だけのものだ。


「吉田大使。申し訳ないが、カナダの動きは全く予想できなかった。カナダ政府も、我が国に通告をすれば、貴国へ伝わることがわかっていたはずだ。それに、今回の宣戦布告はアメリカの圧力によるものだろう。カナダは被害者といえるな」


 “カナダは被害者”と言ってのけるチャーチルに対して、何をふざけたことをと吉田は思う。カナダが協力して作った核兵器によって、小倉では5万人以上の人間が殺されたのだ。あまつさえ、アメリカと歩調を合わせて宣戦布告してきた相手を許すことなど出来ようはずがない。


「まあ、カナダの件は後回しにするとして、我が日本としては、これ以上核攻撃の応酬は避けたいと思っております。そこで貴国にお願いがあるのですよ」


 ――――


 アメリカ ホワイトハウス


「東京だ!東京を壊滅させて日本の継戦能力を奪うんだ!残りの核爆弾を全部投下しろ!」


「大統領。それは不可能です。日本の防空網を突破することはできません。前回のような奇襲はもう通用しないでしょう」


「なら防御の薄い平壌や長春をねらえ!講和に応じなければ核で攻撃をすると脅すんだ!いや、講和までいかなくてもいい!日本の核さえ封じれば、時間稼ぎになる!方策を考えるんだ!」


「大統領、もしそのような事をしたら、我が国は完全に滅亡します。敗北ではありません。滅亡です。日本は、保有する核兵器を全て使ったとはとうてい思えません」


 汪兆銘が日本の支援でクーデターを起こし、その求めに応じて日本軍が我が米国に攻撃を仕掛けてくるというシナリオを作った。いや、主要閣僚や陸海軍の参謀達がなぜか同時に、同じような内容の進言をしてきたのだ。日本の伸長をこれ以上容認したくなかったルーズベルトにとって、それは福音のように思えた。


 しかし、その進言を採用したばかりにこのような事態になってしまった。もはや後戻りは出来ない。なんとしても時間を稼ぎ、イギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国を味方に引き入れなければならなかった。


 と、そこへ秘書官がノックをして入ってくる。


「大統領。イギリスのチャーチル首相からお電話です。とにかく緊急で話がしたいとのことで、どんな重要な会議をしていたとしても電話に出て欲しいとおっしゃっています」

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