第358話 Point of no Return(3)

 日本 宮城(皇居)


 天皇は傍らにいた侍従を下がらせた。そして、高城蒼龍(たかしろそうりゅう)と二人きりになる。


「高城よ。なぜアメリカは戦端を開いたのだ?なぜ人は争うことを止められないのだ?なぜ、あのような事が平然と出来るのだ?私はアメリカが憎い。何の罪も無い人たちを、子供たちを焼き殺したアメリカが憎い」


 天皇は俯き、涙を流しながら言葉を絞り出した。


「アメリカが、なぜあのような行動に出たのかは、正確には解りかねます。石油利権、軍事的格差、制裁的な関税、植民地問題、軍事関連物資の禁輸措置、日米間には、確かに様々な懸案があります。もしかすると、それを一気に解決しようとしたのかもしれません」


「そんな事のために、多くの無辜の民を殺せるのか?何万もの命と釣り合うだけの価値があるというのか?」


 実際の歴史でも、経済的問題を解決するために戦争をした例は数え切れない。それこそ前世の日本が真珠湾攻撃に踏み切ったのも、アメリカが石油とくず鉄の禁輸措置を実施したことが影響している。鉄と石油がなければ、アメリカとの差がどんどん開いてしまう。金輪際太刀打ちできなくなる。これ以上差を付けられる前に、自存自衛のために一撃を加えて有利な講和を勝ち取ろうとした。もしかしたら、今のアメリカは前世の日本のように考えているのかもしれない。


「あのとき、高城が核兵器を公開して圧力をかけるべきだと言ったとき、私はどうしてそれに反対してしまったのだろう。もしあの時に、アメリカに圧力をかけていればこんな事にならなかったのでは無いだろうか?私は、私は自分の判断の誤りで多くの国民を殺してしまった。私には、もう君主の資格など無い・・・」


 そう言って、天皇は子供のように声を出して嗚咽を始めた。幼少の頃から感情をコントロールすることを求められ、いつも冷静沈着で取り乱すようなことの無かった天皇が、初めて見せた激情だ。


 高城の胸に、天皇の悲しみが突き刺さる。


「陛下、私もアメリカが憎うございます。自国が攻撃されたと虚言を弄し、あまつさえ核兵器の先制使用をするなど許されることではありません。もしかしたら、何かをしておけばそれを防ぐことが出来たのかもしれません。しかし、もう事態は進んでいるのです。後悔はいつでも出来ます。今は、これ以上の犠牲を出さないために最善の手段を講じるだけです」


「・・・そうだな。私にはまだ1億国民を守る責任がある。すまない、高城」


 そして天皇は高城をまっすぐに見据えて命令した。


「宣戦布告と、最終兵器による反撃の検討を許可する」


 ――――


 大本営


「陛下より、最終兵器による反撃の検討許可をいただきました」


 今回の大本営に天皇は臨席していない。代わりに、侍従長が天皇の詔(みことのり)を持参してきた。


 - 最終兵器による反撃の検討 -


 これは、実質核兵器の使用を認めるという裁可に他ならない。しかし、万が一にも非戦闘員虐殺の嫌疑が天皇にかかることの無いよう、天皇は検討を許可するだけで、最終的に決定するのは政府と軍であり、責任も内閣総理大臣と三軍の長が背負うと定められているのだ。


「アメリカの主要都市全部を灰にしてやれ!」


 天皇が臨席していないため、大本営に集まった陸海軍の軍人は感情を抑えること無く怒りをあらわにしていた。


「小倉は火の海だ!燃えている地域に住んでいた市民は5万人だぞ!ほぼ絶望的だ!これは明らかな戦争犯罪だ!こんな暴挙を許してはならん!」


 まだ救助活動も本格的には始まっていない。しかし、アメリカに対して早急に手を打たないと、第二次攻撃があるかも知れないのだ。


 侵入してきたB29は3機。その内2機は呉鎮守府と佐世保鎮守府の爆撃を実行しようとした。現在各鎮守府には、欧州大戦から帰還した大鳳型空母と多数の巡洋艦が停泊している。さらに、ハワイ沖で南雲艦隊が奇襲を受けた。おそらく、アメリカはこの第一撃で日本の空母打撃軍を瓦解させ、アメリカへの反撃手段を封じてから早期降伏、もしくは有利な条件での講和を狙っていたのだろう。


 しかし、空母打撃軍は南雲艦隊を除いて無傷で残っている。損傷を受けた空母大鳳も、作戦行動に支障は無い。そうであれば、再度の核攻撃があってもおかしくなかった。


 会議室の端に立っていた侍従長が、おもむろに発言を求めた。天皇から預かった詔は二通あったのだが、一通目を読み上げた後、すぐに軍人達が声を上げたので二通目を読めないでいたのだ。


「陛下からもう一通、詔(みことのり)をお預かりしております」


『アメリカに対して、復讐をしようと思ってはならぬ。日本と、世界を守るための合理的な手段を考えて欲しい。怒りに身を任せ、軍事施設の無い都市を攻撃するような、皇軍として恥ずべき行為をしてはならぬ』


 一同、その天皇の詔を聞いて少しだけ冷静になることができた。やられたからやり返す。人間なら誰しもそう思うだろう。しかし、天皇の言葉は相手と同じレベルに墜ちてはならないと言っているのだ。


 大都市を目標とした攻撃は実施しないことが決まったが、大都市の近くに軍の重要拠点がある場合はその限りでは無い。先進国ではほとんどがそうなのだが、軍の重要拠点の周りには、それに応じた街が形成されていたり、そもそも大都市の近くに軍事基地が建設されていたりする。その為、攻撃対象をあらかじめ通知し、民間人の避難を促すことになった。


 そして、アメリカ・オーストラリア・ニュージーランド・カナダに対しての宣戦布告と、アメリカ軍基地および施設に対する最終兵器による攻撃が決定された。

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