第356話 Point of no Return(1)

「雷数2、3時の方向から本艦(空母大鳳)に接近!命中します!」


「総員衝撃に備えろ!」


 南雲は直撃を避けられないと判断し、衝撃に備えるように命令を出した。自身も目の前のディスプレイにしがみつく。


 その直後、艦橋の直下から爆発音と鈍い振動が伝わってきた。


 爆発による水柱も上がったのだろうが、大きく張り出したデッキのせいで艦橋からは視認できなかった。しかし、衝撃から直撃を食らったことは間違いない。


「くそったれ!もう敵魚雷は残っていないか!」


「敵第一次攻撃の魚雷はもうありません!残りは迎撃に成功しました!」


「まさか、アメリカ軍か?一発だけなら誤射かもしれんが、48本じゃあ間違いなく攻撃の意思があるんだろうな」


「不明潜水艦の注水音を確認!第二次攻撃、来ます!」


 アメリカ軍のガトー級潜水艦なら、艦首魚雷は6本ある。この6本全部を再装填するには10分以上はかかるはずだ。第一次攻撃から数分で再攻撃となると、2本、多くても3本の再装填だろう。


「巡洋艦隊、敵潜に対潜ミサイル発射!全艦確実に仕留めろ!」


 空母大鳳を囲んでいる軽巡のVLSから、それぞれの目標に向かって対潜ミサイルが発射される。一度上空200mくらいまで上昇し、ロックオンしている目標に向かって向きを変える。そして、数秒で目標地点に到達、弾頭部分の電気推進魚雷が切り離されて着水する。着水した魚雷はアクティブソナーによって目標を探知し、確実に命中するのだ。


 対潜ミサイルが発射されて、目標を爆破するまでに必要とした時間はたったの20秒であった。


「敵潜、全艦の撃沈を確認!」


 敵の第二次攻撃で何本かの魚雷が発射されたが、全て南雲艦隊から大きく目標を逸れていた。水上レーダーに一切反応が無かったことから、潜望鏡を使わず、パッシブソナーだけを頼りに攻撃を仕掛けたと推察された。その為、爆発の騒音や細かな泡によって、第二次攻撃では正確な攻撃が出来なかったようだ。


「被害報告!負傷者の救助を最優先だ!」


 重巡妙高に1発、空母大鳳に2発の魚雷が命中していた。その内、大鳳に命中した2発の内1発は不発だったようで、喫水線下に刺さったままになっている。


 ※この当時米軍が使用していたMk14魚雷の不発率は50%以上だった。


 両艦とも破口から浸水が発生したため、防水区画を閉鎖して対応した。直撃を受けた付近にいた水兵に死傷者が出たが、航行に支障は無い。


「米軍基地から何か返答はあったか!?」


 一連の出来事に対してハワイの米海軍基地に無線により問い合わせをしているが、現在のところ一切の返答が無かった。


 同時に、米潜水艦から攻撃を受け反撃したことを横須賀鎮守府にも報告をした。そして、今後の行動の指示を仰ぐことにする。


 そして30分後、横須賀鎮守府から暗号通信が入った。


「なんだと!?小倉に大規模攻撃だと?」


 ――――


 1941年12月8日午前2時25分(東京時間)


 別府湾に向けて降下したB29は、周防灘の海上100mを西に向かって飛行していた。この高度だと対地レーダーはほぼ役に立たないため、ジャイロによる慣性航法を使って小倉を目指している。


 そして、小倉の手前30km付近で上昇を開始した。すると、企救半島の山の向こうに、小倉の市街地と八幡製鉄所の明かりが見えてきた。製鉄所は24時間操業なので、特に明るく光っている。


 4発あるエンジンの出力を最大にする。そして、出来るだけ速く、出来るだけ高く八幡製鉄所上空を目指した。


 B29の半球型コクピットの真下には、光り輝く製鉄所が見えている。高炉横の複数の煙突からは炎を吹き上げており、B29を下から照らしていた。


「目標地点に到達、投下」


「投下します」


 B29の弾倉が開き、そこから4トンもある大型爆弾が投下された。それは正確に八幡製鉄所をめがけて落下していく。


 爆弾の先頭に取り付けられたレーダー測距計連動信管から発信される電波は、地上で反射し信管に戻ってくる。その時間を計測し、高度600mになった地点で信管に電気が流れた。その電流によって、爆弾尾部にあるコルダイト火薬が爆発し、円筒型の濃縮ウランを爆弾前部にあるターゲット濃縮ウランに激突させる。


 瞬時に臨界量を超えたウラン235は、ポロニウム・ベリリウムイニシエーターからの中性子も相まって核分裂を引き起こす。そして発生した高速中性子は、爆弾の外殻を形成しているウラン238に反射し、その速度を落としてウラン235に吸収され連鎖反応を始めるのだ。さらに、外殻のウラン238が中性子を吸収し、プルトニウム239となって二次的核爆発を引き起こした。


 その爆発は直径1kmほどの光球を形成し、すさまじい熱線で製鉄所の周りにある労働者の住宅を一瞬にして燃え上がらせた。


 深夜の爆発だったため、その光を直接見た者はほとんど居ない。その分、即死者は少なかったとも言えるが、もしかするとそれは苦しみ死んでいく者を増やしただけだったのかも知れない。


 八幡製鉄所の上空に出現した深夜の太陽は、そのエネルギーを全て解放し熱と爆風の暴虐を存分に発揮した。


 爆心地から半径2km以内の建物は、その爆風によってほとんどなぎ倒されてしまい、さらにその外側でも広範囲にわたって火災が発生した。


 製鉄所の薄いスレート葺きの屋根は、労働者にとって何の防御にもならなかった。そこで働いていた男達は、何が起こったか解らないまま炎と爆風に飲まれていった。


 製鉄所周辺の居住地域は、簡易な木造長屋がほとんどだった。製鉄所の企業城下町である小倉は、若い労働者の多い街でもある。そのほとんどが妻を持ち、3人から5人ほどの子供を育てていた。皆、将来に夢と希望を持ち、毎日を笑顔で生活していたのだ。そんな、人々のささやかな幸せは、一瞬にしてこの世界から消え去ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る