第354話 包囲網
1941年11月中旬
時を少し遡る
「大統領。こちらが今後50年間の我が国と世界とのパワーバランス予測になります」
ホワイトハウスの大統領執務室で、ルーズベルト大統領は一部の閣僚および軍トップとの極秘会議を開いていた。
「アジア・アフリカの植民地は、数年の内にほとんどが独立します。これまで搾取されるだけだった植民地は、宗主国からの借款と、AEU(アジア経済連合)の支援によって飛躍的に経済力が上昇すると思われます。特にインド、インドネシアは巨大な人口を抱えており、日本からの直接投資も相まって爆発的な発展を遂げる可能性があります」
「中東での新規油田開発も日本とイギリスがほぼ独占しており、我が国の石油メジャーの地位は低下するばかりです」
「ウクライナの広大な農地には、既に農機具と肥料が大量に運び込まれており、春蒔き小麦の準備が進んでおります。来年秋の小麦相場は、現在の約2分の1にまで下落すると予測されております。既に、先物市場では下落が進みつつあります」
「この写真は、日本から大量の輸出が決まっている“ケイ・トラック”と呼ばれるマイクロトラックです。660ccエンジンと非力ですが、全車4WD機構が備わっておりアジア地域の市場を席巻すると思われます。また、こちらは南米にも輸出が開始され、我が国の“庭”を荒らすことが懸念されます」
「こんな小さなトラックが本当に売れるのか?ん?それに、この価格は桁が一つ間違っているのでは無いのか?」
「いえ、大統領。この価格で間違いありません。我が国の給与所得者の一ヶ月半ほどの価格です。この“ケイ・トラック”をベースとした“ケイ・バン”や“ケイ・カー”も投入予定です。これらの車は、イギリスやフランス・ドイツの工場でもライセンス生産が予定されています」
「それと、これが来年早々にも我が国で販売される、日本製の冷蔵庫と洗濯機です。価格は従来の5分の1ほどです。しかも、冷凍庫はマイナス4度(摂氏マイナス20度)まで冷やすことが出来て電気代は3分の1だそうです」
「船舶に関しても悲観的な予測ばかりです。日本が主導して規格化している8フィートコンテナに対応した貨物船が、大量建造予定です。我が国の標準的な建造費用より3割ほど安くなっています。しかも、運航のほとんどがオートメーション化されており、3万トンクラスのコンテナ船でも乗員20人程度で動かせるとのことです」
閣僚から、経済面での予測が述べられる。どれもこれも悲観的な内容ばかりだ。このままだと、50年後のGDPはAEU合計の四分の一程度になってしまい、インドにすら追い越されると予測されている。しかし、もっと悲観的にならざるを得ないのは軍事面での報告であった。
「先日、ノーフォークで日本軍の兵器が展示されましたが、どれもこれも驚異的なものばかりでした。欧州大戦でのデータである程度把握しているつもりでしたが、詳細な性能を開示されると、ここまで差があるのかと思い知らされます」
陸軍長官が悲痛な面持ちで報告をする。
「しかし長官。先日の報告では音速を超える実験機に目処が立ったと言っていたではないか。数年の内には同等の戦闘機が作れるのだろう?」
「いえ、大統領。戦闘機の速度性能はそれほど問題では無いのです。我々にとって最も脅威になるのはミサイル技術です。中でも射程距離1500km以上におよぶ巡航ミサイルに、もし核弾頭を搭載できるようになってしまっては、手の打ちようがありません」
陸軍長官の報告に海軍長官が続ける。
「それに、日本は宇宙空間に人工衛星を打ち上げております。この衛星を打ち上げたロケットに核弾頭を搭載したならば、さらに脅威度は増します。日本列島から直接我が国に対して核弾頭を打ち込むことが出来るのです」
ルーズベルトは腕を組んで深いため息をつく。ヨーロッパの戦後復興特需も日本とイギリスに持って行かれてしまい思ったほどでは無い。世界の石油市場からも閉め出されつつある。軍事面に至っては目も当てられないほどの差を付けられてしまった。
「しかし、日本はまだ核兵器の開発に成功してはいないのだろう?」
唯一アドバンテージがあるとすれば、そう、新型爆弾・核兵器のみだった。
「はい、大統領。もしかすると、ウランによるガンバレル型の開発に成功している可能性はあります。しかし、このタイプはミサイルに乗せるほどの小型化が不可能な為、実質日本がアメリカ本土を攻撃することは出来ないでしょう」
※史実の広島で使用された原爆は、ウランを使ったガンバレル型だ。このタイプは小型化が難しいのだが、原理上確実に爆発することが解っていたため、アメリカは事前に爆発実験をしていない。それに対して長崎で使用されたプルトニウムを使った爆縮型は、小型化はできるが爆発制御が難しく、史実では1945年7月16日に爆発実験をしている。
プルトニウム型の原爆を作るためには、原子炉が必要となる。その為には、日本中の核物理学者を総動員するはずだが、そういった兆候は一切把握できていなかった。さらに、プルトニウム型の核実験も確認されていない。その為、もし日本が核兵器開発を成功させているとしても、ウランを使ったガンバレル型であろうという分析だったのだ。
「となると、チャンスはプルトニウム型を開発出来ていない今しか無いということだな」
ルーズベルトのその言葉に、執務室に集まっている全員が固唾を飲み込む。そして、少しの沈黙の後、ハル国務長官が口を開いた。
「先日の外相会議で、日本の東郷外相からフィリピンとハワイの完全独立、移民制限法の即時撤廃を求められました。それに中国戦線からの即時撤兵もです。また、中南米に対する貿易の完全自由化とAEUに課している関税の撤廃も要求されています。ノーフォークで日本軍の強大さを見せつけた直後にです。さらに、日本・ロシア・清帝国・イギリスの軍事同盟強化を推進すると言っております。仮にJBCR包囲網とでも言いましょうか。これらの国々で、我が国の庭であるフィリピンや中南米にも触手をのばそうということでしょう。特に中国への影響力を排除し、向こうの陣営に組み込まれてしまっては後がありません。これは、日本からの最後通牒ともとれますな」
※ハワイはこの当時準州で、正式なアメリカ国土では無い。
執務室を重苦しい空気が支配する。そして、ルーズベルト大統領が絞り出すように言葉を紡いだ。
「我々は、追い込まれているということか」
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