第351話 ターニングポイント(1)

 1941年11月中旬


 マンハッタンにある超高層ビルの最上階。高さ259mを誇るこのビルは、一般には70階建と公表されている。しかし、実際には外からでは解らないように偽装された71階が存在する。この71階フロアは、地下5階から直通エレベーターによってのみたどり着くことが出来る“特別”な空間だ。


 窓の無いその空間に、円卓を囲む12人の姿があった。


「ヨーロッパでの戦争が終わったな」


「ああ、ルーズベルトが無能だったおかげでずいぶん儲け損なった」


「しかも、日本が派遣した潜水艦によって北海で大規模油田が発見されたな」


「来月には出荷が開始されるそうだ。権利はアングロイラニアン(後のBP)とシェルが98%を押さえている」


「我々アメリカ資本は完全に締め出されてしまった」


「発見した日本の意向が働いているという観測がある」


「そして、中東でも次々に巨大油田を掘り当てている」


「全て、イギリスと日本の合弁会社だ。新規油田にアメリカ資本は1ドルも関われていない」


「ヨーロッパ向けの鉄鋼輸出は、ほぼ日本とイギリスが独占している。復興需要に我々が入り込む余地は全くない」


「このままで良いのか?」


「良いわけがないな」


「そうだ、良いわけがない。このままでは、20世紀は日本の世紀になってしまう」


「では、どうする?例のプランか?」


「ああ、力でねじ伏せてしまえば、誰も文句は言えんよ」


「しかし、兵器の数だけならアメリカが上だが性能が違いすぎる」


「普通に戦争をしては勝てないな」


「普通の戦争ならな」


「大義名分も必要だろう」


「その準備は出来ている」


「ルーズベルトに任せていては後手後手になってしまう」


「では、我々の手で駒を進めよう。あとは実行するだけだ」


 ――――


 1941年12月6日17時30分(ハワイ時間)


 ノーフォークでの行事を終えた南雲艦隊は、その後ブラジルやアルゼンチンで歓迎を受け、現在はハワイ諸島の南東500kmの海上にいた。


「明日にはハワイに入港だな」


 南雲は空母大鳳の艦橋で、沈みゆく夕日を見ながら長谷川艦長に話しかける。


「はい、南雲司令。ハワイでは日系人による歓迎式典が予定されていますからね。楽しみですよ」


 ――――


 1941年12月7日13時(南京時間)


 中華民国 南京 総統府


「何だ!何が起こっている!」


 執務中だった蒋介石は、総統府の外から聞こえてきた爆発音と銃声に筆を止めて、秘書官に何が起こっているのか確認に行かせる。


「総統!反乱です!守備隊の一部が反乱を起こして官邸になだれ込んできています!」


「何だと!」


 ――――


 1941年12月7日15時(南京時間)


「蒋総統!これ以上の同胞の犠牲は容認できない!すぐにアメリカ軍を撤退させて毛沢東と休戦協定を結ぶのだ!」


 2時間あまりの攻防の末、総統府は反乱軍に占拠されてしまう。そして、反乱の首謀者である汪兆銘が蒋介石に要求を突きつけた。


「こんな事をしてどうする!?国連の平和維持軍の受け入れの方向で固まりつつあったでは無いか!なぜ待てん!」


「蒋総統。共産党の支配地域がどのようになっているか知らないのか!この世のものとは思えない地獄に変わっている!国連を待っている時間は無い!一刻の猶予も無いのだ!もうあなたにこの中華を任せておくわけにはいかない!米軍を排除し、代わりに日本軍に来てもらうことにする!」


 ――――


 1941年12月7日17時(東京時間)


「中華民国でクーデターだと!?」


「はい、高城(たかしろ)大佐。現地時間の15時40分に、汪兆銘が臨時革命政府を樹立したと発表しました。今から20分ほど前です」


 史実では、汪兆銘は反共親日路線をとって蒋介石と対立し汪兆銘政権を樹立。そして日本と同盟を結んでいた。しかし今世では、日本と中国の衝突が無かったため国民党政権の中枢で蒋介石を支える幹部となっていた。


「くそっ!国連を介して国共内戦の停戦を模索している矢先にこれかっ!?なぜ先走った!?」


 中国の国共内戦に対しては、国際連盟主導で平和維持軍を組織し、中国政府の正式な要請を待って介入する準備を進めていた。日本政府は汪兆銘との太いパイプを通じて、国連平和維持軍の受け入れを認めるように工作をしているところだったのだ。


「中華民国政府は平和維持軍受け入れでまとまりつつあるという報告があったばかりだろう!汪兆銘にとって受け入れられる内容だったはずだ!」


「高城大佐、ロシアの有馬公爵より通信です」


 ――――


「どういうことだ?KGBでは何か情報を掴んでいないのか?」


 高城蒼龍は苦々しい表情をしながら有馬公爵に問いかける。


「たった今だ。今、現地の諜報員から情報が入ってきた。一ヶ月くらい前から、辻政信が汪兆銘に接触をしていたらしい」


史実の辻政信は陸軍軍人で、日中戦争の拡大を主張し、さらに汪兆銘政権への秘密工作を実行した。日中戦争を泥沼化させた中心人物の一人である。今世において辻政信は、クーデター事件の際に予備役に編入された後、中国に渡って大陸浪人となっていた。目立った活動が無かったことから、数年前に重要監視人物から外されていたのだ。


「辻政信だと!?では今回のクーデターは辻がシナリオを書いたというのか?」


「いや、それはわからないが、辻が単独で動いていたわけではなさそうだ。辻に資金提供しているヤツがいる」


「それは、誰だ?」


「おそらく・・・オスカー・トラウトマンだ」

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