第340話 モスクワ最終決戦(5)

 日露英軍はクレムリン宮殿の外壁から200mの地点まで迫っていた。そこに至るまでの戦闘はすさまじく、ボリショイ劇場やモスクワ芸術座といった歴史的な建造物も既に灰燼に帰してしまった。また、出来るだけ市民の被害を抑えるように作戦を実行したが、確認できただけでも、1万人以上“軍服を着ていない者”の死者を出している。


 ――――


「斉藤少佐。いよいよ大詰めだ。突入作戦を成功させ、スターリンの逮捕を実現して欲しい」


 大日本帝国陸軍第一空挺団を率いる斉藤少佐は、前線の野戦司令部で阿南司令からの通信を受ける。このクレムリン直前までは戦車を主体とする部隊で進軍してきた。しかし、クレムリン宮殿への突入は戦車や装甲車を使うわけにはいかない。12,000人もの子供が幽閉されているのだ。その為、日本からは第一空挺団300名、ロシアからは特殊作戦群“スペツナズ”300名が選抜され突入することになった。


「阿南司令、任せてください。この日のために血反吐を吐くほど訓練をして来ました。必ずや成功させてみせます」


 クレムリン制圧に向けて、ロシア帝国ノウビィ・サンクトペテルブルク郊外にクレムリン宮殿を模した訓練施設が建設された。この施設は、地下壕以外は本物のクレムリンを完全に再現している。そして、日本陸軍第一空挺団とロシア帝国陸軍スペツナズは、あらゆる状況を想定した訓練を行っていたのだ。


 ――――


 ロシア帝国陸軍特殊作戦群“スペツナズ”を率いるイワン・ライコフもまた、野戦司令部でアナスタシア皇帝からの訓示を受けていた。


「ライコフ少佐、あなた方の活躍で、共産主義者を追い詰めることができました。あと一息です。人質にされている子供たちを救い出し、何としてもスターリンとその一党を逮捕してください」


 モニター越しでも、アナスタシアの真剣で熱い眼差しを感じることができる。家族全員を目の前で殺され、それでもロシア国民を救うために重責を負って国をここまで引っ張ってきたのだ。ロシア国民にとって、何よりイワンにとってアナスタシアは唯一忠誠を捧げるに値する存在だった。


「はい、皇帝陛下。必ずご期待に応えます」


 男性にしては少し長い金髪の青年は、アナスタシア皇帝が写るモニターに向かってロシア陸軍式の敬礼をする。あと少しで、共産主義者どもを一掃することが出来る。何としてもスターリンを生きたまま逮捕して、その罪にふさわしい罰を与えなければならなかった。


 イワンの父親はロシア帝国陸軍の兵士だった。1917年にロシア革命が発生した際、皇帝派白軍に合流し、内戦を戦った。そして、ウリヤノフスクの戦いで命を落としてしまう。残された当時8歳だったイワンとその母親はサンクトペテルブルクからフィンランドに渡り、奇跡的に保護されたのだ。そして、ロシア帝国正統政府が樹立したことを受けてサハリンに渡った。


 樹立したばかりのロシア帝国は貧しかった。しかし、日本の支援によって最低限の食料は供給され、簡易ではあるが仮設住宅も与えられて命の心配をしなくても良い生活が出来た。イワンにとってはそれだけで十分だった。ロシア革命の最中、赤い嵐が吹き荒れるあの極寒の雪の中、母親と姉と三人で雪原を歩いて逃げた。多くの仲間が赤軍に狩られて命を落とした。まるで狐狩りをするように、馬に乗った赤軍兵士が避難民を追い立てて一人一人射殺していく。そして、一緒に逃げていた姉は足を打たれて倒れてしまった。もはや姉は立ち上がることが出来ず、ここで一家全員死ぬか、姉を置き去りにするかの選択を迫られた。


「イワン、あなたは強い子よ。お母さんをよろしく頼むわ」


 それが、姉と最後に交わした言葉だ。泣き叫ぶ母の手を引っ張って林の中に逃げ込んだ。そして、奇跡的に国境を越えることが出来たのだ。


 イワンは大きくなってから、生きたまま赤軍に捕まってしまった姉が、おそらくたどったであろう運命を理解した。


 当時17歳だった姉。気立てが良く、母親を支えてイワンの面倒も見てくれた。金色のストレートヘアを持つ優しく美しい姉だった。そんな姉を、赤軍の連中がどのように扱ったかを考えるだけでおぞましかった。


 イワンは皇帝から下賜された軍用ナイフを右手に持ち、顔の前に構えた。そしてその白刃に、必ずスターリンを逮捕すると誓うのであった。


 ――――


 1941年8月19日午前4時30分


 日の出の30分ほど前、辺りは少しずつ明るくなってきていた。そして、その薄明の中、クレムリン宮殿を包囲している日露軍から、多数の迫撃砲弾が放たれた。その砲弾は弧を描き、クレムリン宮殿の中庭に次々と着弾する。


「敵襲だ!迫撃弾が撃ち込まれた!」


 クレムリン宮殿の中にいたソ連軍は、その攻撃に対して反撃を開始する。と言っても、日露軍の姿は確認できず、城壁の上部に向かって小銃を撃つくらいしか出来ることは無かった。その騒ぎで、クレムリンの中庭にテントを張って眠っていた子供たちとその母親が目を覚ます。そして城壁の外から、拡声器による物と思われる放送が響いてきた。


「避難民の皆さん、テントや建物から絶対に出ないでください!クレムリン宮殿に催涙ガスを打ち込みました!目や喉に刺激がありますが、毒ガスではないので死ぬことはありません!辛くてもテントや建物から出ずに、じっと我慢してください!」


 着弾した迫撃砲弾は放送で言っていたとおり、その弾体からプシューと霧のような物を激しく噴き出し始める。


「目が!目が!」


 クレムリンの中庭にいたソ連軍兵士は、催涙ガスの強烈な刺激によって目を開けることが出来なくなっていた。


 このガスの主成分はOCガスと呼ばれる物で、唐辛子の刺激成分であるカプサイシンを抽出したものだ。


 1925年のジュネーブ議定書によって、催涙ガスを含む毒ガス類の使用は禁止されていたが、ソ連は議定書に参加をしていない。史実と違い日本とロシアはこの議定書を既に批准しているが、批准していない国に対しての毒ガス使用は禁止されていなかった。その為、今回催涙ガスの使用に踏み切ったのだ。

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