第341話 モスクワ最終決戦(6)

 ロシア軍は東側の赤の広場から、日本軍は西側のボロヴィツカヤ門から同時に突入を開始する。


 クレムリン宮殿は強固な城壁によって守られていて、そこを破壊するためには、かなりの爆薬が必要であると試算された。そうなると、中にいる市民への犠牲が増えてしまう。そのため、それぞれの門を榴弾砲の射撃によって破壊し突入することになった。


 城門はソ連軍によって強固に補強されていたが、数十発の榴弾の直撃を受けて、木っ端みじんに砕け散る。そして、斉藤率いる日本陸軍第一空挺団300名と、イワン率いるスペツナズ300名が銃撃をしながら突入した。


 1932年のクレムリン爆撃によって、スターリンの執務室のあったカザコフ館は消滅しており、現在は「クレムリン14番館」という建物に執務室は移っている。そして、この建物に、スターリンの隠れている地下壕への入り口があると調査されていた。


「市民は地面に伏せろ!頭を上げるな!」


 城壁の中は催涙ガスが充満しており、あちらこちらから激しい咳き込みの音が聞こえてくる。しかし、市民の多くはテントから出ることなく、日露軍の指示に従っているようだった。そして、テントの外で苦しそうに咳き込んでいる人間のほとんどは、軍服を着たソ連軍兵士だ。


 クレムリンの庭では、ソ連軍兵士は催涙ガスの刺激によって目を開けることができず、転げ回ったりむやみに発砲を繰り返したりしている。


 突入した日露軍は、ソ連兵を見つけては一人一人確実に“処理”をしていった。


 しかし、建物の中へは催涙ガスもそれほど浸透していないため、ソ連軍による激しい反撃があった。それに対して日露軍は、集中的にスタングレネードと催涙ガス弾を打ち込んで制圧をしていく。建物の中には、ソ連兵だけではなく幽閉されている子供たちが数多く居るのだ。そして、銃撃戦になれば自制の効かない子供たちが逃げ惑ってしまう。残念ながら、巻き添えになる子供たちも発生していた。


「大聖堂を制圧した!次は14番館だ!」


 西側から突入した斉藤たちの第一空挺団は、順次建物を制圧しつつ14番館を目指していた。そして、東側から突入したイワンたちスペツナズも、時を同じくして14番館に近づきつつあった。


 ――――


 14番館 地下壕


「同志スターリン。我が精鋭によって日露軍を押しとどめておりますが、突入されるのも時間の問題かと思われます」


 20代半ばと思われる軍人が、スターリンに報告をする。名前はバーベリ。出身はオセチアで、軍に入隊してすぐにNKVD(秘密警察・チェーカー)にスカウトされた。その共産党への忠誠心を評価されたのだ。そして現在、クレムリン守備隊に編入されこの14番館を守っている。


 クレムリンの守備について最初の仕事は、共産党幹部の逮捕と処刑だった。スターリンの指示の下、党を裏切った反動主義者どもを血祭りに上げてきた。すでにカガノーヴィチもモロトフもキーロフもヴォロシーロフも、古参の幹部は誰も居ない。皆、スターリンの指示でバーベリ自身が逮捕をした。バーベリはスターリンに信頼されていることを誇りに思っていた。オセチアの田舎から出てきて見いだされ、そして、現在ではスターリンの最側近と言って良かった。


 悪魔に見限られたスターリンは、もう誰も信用することはない。そして、自分に近しい者から順番に、その力を疑い処刑していったのだ。


 自分以外の力を持つ者は、全て敵に見えた。日露軍に全戦全敗しているのも、わざと負けて、敵の手によって自分を処刑させたいのだと思った。


 ついにスターリンの近くには、30歳以上の共産党員も軍人も居なくなってしまった。そして、10代後半から20代のスターリンに心酔している者だけで周りを固めて引きこもっていたのだ。


 スターリンとソ連共産党は、最後の刻を迎えようとしていた。


「同志バーベリ。裏切り者がいる・・・。その者が手引きをしているのだ。裏切り者を探し出せ。そうだ、あいつだ・・。クレムリンの防衛は大丈夫だと言っていた男がいただろう・・。たしかペシュコフと言ったな・・・。あいつが裏切って手引きをしているのだ・・・。あいつのせいだ・・・・。すぐに逮捕して処刑するのだ・・・」


 薄暗い地下壕の執務室で、スターリンは机の上にある書類を見ながらバーベリに告げた。その目は虚ろで、バーベリの方をまっすぐに見ることもできない。髪はぼさぼさで無精ひげも伸ばし放題だ。そして口からはよだれを垂らしているようだった。


「同志スターリン。ペシュコフは数時間前の戦闘で、勇敢に戦い戦死いたしました。催涙ガスが充満する中、防毒マスクをかぶった小隊を率いて突撃をし、全員戦死しております」


 バーベリは絞り出すように返答をする。ペシュコフも共産主義の理想に燃えた、若い軍人だった。このクレムリンで初めて出会い、バーベリと意気投合していたのだ。共産主義の希望であるスターリンを、なんとしても守るのだと。


「そうか、死んだのか・・・、では他に手引きをしている裏切り者がいるはずだ。君はなんとしてもその裏切り者を探せ・・・・」


 バーベリはスターリンに敬礼をして、自身の持ち場に戻る。そして、モシン・ナガン小銃の弾倉を確認し、最後の刻に備えるのであった。

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