第339話 インドネシア独立(3)

「吉田大使、それは本当の事ですか?しかし、本当だとしたら、どうやってこれを調べたのですか?」


 オランダのヘルブランディー首相は、500億バレルの石油と聞いてにわかに色めき立った。1939年のインドネシアの産油量が年間790万キロリットルだ。バレルに換算すると約5,000万バレルになる。500億バレルということは、インドネシアの年間産油量の1000年分に相当する石油が眠っているということなのだ。


「我が国の潜水艦が、北海で活動するに当たって調査をした際に発見したそうですよ。具体的にどう調査したかは機密事項なのでご勘弁を。しかし、これは間違いない事実なのです」


 吉田大使は得意げな顔で話を続ける。


「しかし、北海に存在する油田の場所はほとんどは公海上なので、現時点では無主地ということですな」


 当時の領海制度では確固たる条約があったわけでは無く、一部の海峡を除いて沿岸国の主張がそのまま採用されるケースが多かった。それでも最大12海里が慣習となっており、それ以上の海域はどの国が利用しようと自由だったのだ。


「そこで我が日本は、この北海で油田の採掘を検討しております。公海で発見したのが日本なので当然の権利ですな」


 吉田のその言葉に、ヘルブランディーとチャーチルは固まってしまう。そして、その意味を理解し顔をみるみる赤くした。


「なんですと!地球の反対側からこの北海まで採掘に来るというのか!?ヨーロッパの海でそんな勝手がまかり通るとでも思っているのか!?」


 ヘルブランディー首相は、北海油田を独占しようとしている日本に激怒した。吉田大使の言っていることが本当なら、確かに発見したのは日本だろう。しかし、北海は歴史的にヨーロッパが支配している海なのだ。そうであれば、ヨーロッパの沿岸国が協議して開発をするべきだということは子供にでも解る理論だ。


 チャーチルも言葉こそ発してはいないが、あからさまに不快感をあらわにした表情をしていた。


「おや?これは異な事を。世界の反対側からアジアの国で石油を採掘している貴国がそんな事を言えるのですかな?確かに、インドネシアのパレンバン油田を発見したのはオランダです。それを理由に油田の権利を主張するのであれば、北海の公海上の油田を発見した我が国に、その権利があるのではないですか?」


 ヘルブランディーは吉田に対して、まるでマンガの一コマのような「ぐぬぬ」という表情を見せていた。オランダがインドネシアでしてきたことを、日本がこの北海でしようと言っているのだ。道義的に考えれば、それをオランダが拒否できる理由はない。


 ヘルブランディー首相のその表情をニヤニヤとした笑顔で見ていた吉田は、ふうっと大きく煙を吐いて、


「まあ、わが日本が北海油田の権利を主張するのは冗談として、北海の沿岸国に対して海底油田開発の協力を申し出ようと思っておりましてな。みなさんにとって悪い話ではないでしょう」


 ヘルブランディーは吉田のその言葉に、口をあんぐりと開けてしまう。500億バレルの石油を独占すると言っていた吉田が、その言を翻して開発に協力をしようと言ってきた。どちらが本気か解らないが、公式な外交の場での発言とは思えない。あまりにもオランダをバカにしているとしか思えなかった。


 しかし、本音がどちらにあろうとも、油田開発に協力すると発言したことは間違いない。その言葉はチャーチルも聞いている。二人でその言質は取ったのだ。


「吉田大使。油田を発見したにもかかわらず、その権利を主張されないということですか?さらに、油田開発に協力をと?」


 北海の水深は平均90mほどでそれほど深くはない。しかし、1940年時点に於いて海底油田開発が行えるのは、樺太沖の海底油田開発を行っている日本とロシアくらいだったのだ。オランダもイギリスも、目の前の海底に油田があったとしても、それを採掘する技術はない。


「ええ、そうです。北海油田の開発に全力で協力しましょう。ただし、それには条件があります。もうおわかりですよね?」


 ヘルブランディーはしばし瞑目してその返答を思案する。インドネシアを手放す代わりに北海油田の権利を部分的にでも得ることが出来れば、インドネシアの喪失を十分に補うことが出来るだろう。しかし、吉田の言うことを鵜呑みにして良いのだろうか?必ず海底油田があると言っているが、万が一石油が出なかったらどうするのだ?そんな事になったら、オランダは本当に終わってしまう。


「吉田大使、わかりました。植民地の放棄についてはなんとかしましょう。しかし、それは試掘をして石油が出てからの決定とさせていただきたい。もし石油が出なければ、わがオランダの生命線であるインドネシアを手放すわけにはいかない」


 ヘルブランディーは吉田の目をまっすぐに見据えて発言した。これが、今約束できる最大限の譲歩だ。この条件を日本が飲まなければ会談は決裂するだろう。


「ヘルブランディー首相。ご英断に感謝いたします。それと、スカルノ氏をはじめとした政治犯の即時釈放も要請します。まあ、万が一石油が出なかった場合は、オランダを国連信託統治領にして、強制的にインドネシアを放棄させるだけですがね。ははは」


 こうして、北海油田が確実に存在することが確認された後に、インドネシアの独立を承認することになった。


 すぐさま日本から試掘船が回航され、あらかじめ“確認”されている油田やガス田を次々に掘り当ててしまう。北海の制海権と制空権をドイツから奪還してるため、オランダ沿岸から20海里の地点にまで近づいて試掘をした。もちろん、オランダ沿岸からも十分な量の産油を確認する。まさに百発百中の成果だった。そして北海油田のニュースは全世界を駆け巡る。


 北海沿岸の国々はそのニュースを歓迎したが、大西洋を挟んだ大国においてはそうではなかった。アメリカは自国内で採掘された石油をヨーロッパに輸出していたのだが、今後、その量が減少することが確実になってしまったのだ。

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