第335話 モスクワ最終決戦(3)

「宮間めさの『テイコク立体』」さまのチャンネルにて、書籍のティザームービーが公開されました!

https://www.youtube.com/watch?v=m9WUn8b5oR0

作中に出てくる重巡高雄が再現されています!


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 日露英軍は、クレムリンまで10kmの地点に到達していた。合計300万人もの軍が幾重にも包囲し、昼夜を問わずクレムリンを目指している。


「スターリンの所在は掴めたか?」


 阿南(あなみ)は司令部壕の中で参謀の佐久間少将に問いかける。この作戦に於いて、スターリンの身柄を確保することは、最も優先される目標だった。万が一にも脱出されるようなことがあってはならない。必ず逮捕し、ロシア帝国の国内法によって裁きを受けさせなければならないのだ。


「はい、阿南司令。ソ連軍の無線通信によれば、おそらくクレムリンの地下防空壕に司令部を移し、そこに隠れていると思われます。クレムリンを脱出した形跡は確認できません」


 スターリンを逃がさないよう、モスクワを完全に取り囲んだ包囲網を敷いたのだ。ネズミ一匹逃げることは出来ないだろう。阿南も、スターリンはクレムリンに隠れていると確信していた。


「そうか。出来れば我が日本軍がスターリンの首級を上げたい物だな。次に、クレムリンに幽閉されている市民の状況はどうなっている?」


「はい、阿南司令。クレムリン宮殿の中庭にびっしりとテントを設営しています。また、建物の中にも相当数を収容していると思われ、その合計は1万2千人近くに達すると推測されます」


 スターリンは避難民を保護するという建前で、多くの子供と母親をクレムリンに“幽閉”していた。その数は1万2千人にもおよぶと分析されており、クレムリン攻略の足枷となっている。


 佐久間少将が提示したクレムリン宮殿の航空写真を見て、阿南は眉根を寄せ渋い表情をした。その写真には市民が幽閉されている場所と大まかな人数が記載されていて、進入路が人の壁によってふさがれているのが解った。とてもではないが、一般市民の犠牲をゼロには出来そうにない。


「市民の多くは中庭にいるのか。何とか全員を救出したいものだな。市民さえ救出できれば、あとはクレムリンを封鎖しゆっくりと締め上げればよいからな」


 クレムリン宮殿の攻略は、ロシア軍の意向を聞いて立案されることになった。作戦の方針によっては、市民に大きな被害が出てしまうのだ。その最終的な責任は、ロシア帝国が負うことになる。


 ――――


 モスクワ パールク・クリトゥールイ駅


「くそっ!後ろに回り込まれた!ヘリの支援を頼む!」


 1935年に開業した地下鉄や地下通路を使って、ソ連軍は進軍する日本軍を翻弄していた。地下鉄路線の地図は日本軍も把握しているが、メンテナンス等に使う小さな地下通路までの情報は無い。ソ連軍はモスクワの地下に敷設された地下鉄・地下道や下水道を使い、日本軍の後方に回り込みゲリラ戦を展開していたのだ。


 モスクワ市街に突入してからは、ソ連軍の抵抗は苛烈なものになっていた。通りに防塁を築いてもヘリコプターに瞬殺されてしまうため、ソ連軍は建物の中や地下に隠れたのだ。そして、進軍する日露軍の装甲車両の上に、建物から対戦車地雷を投下する戦法を仕掛けてきた。


 前面装甲厚500mmを誇る日本軍の九六式主力戦車も、天井の装甲は30mmから40mmしかない。それでも20mm機関砲程度には耐えることが出来るのだが、空から対戦車地雷を投下されてしまっては、ひとたまりも無かった。


 レンガや石造りの建物に隠れるソ連兵を排除する為に歩兵を送り込んでも、様々なブービートラップや反撃によって損害が拡大してしまう。しかも、そういった建物のほとんどに民間人がまだ住んでいるのだ。


 モスクワ市民の子供たちはクレムリンに集められたが、老人達は自宅から避難することを許されていなかった。かなりの数の市民がモスクワを離れて連合国軍に保護されてはいるが、それでも相当数がモスクワに残っている。そして、自らを人間の盾として、連合国軍の進軍を妨害することが命じられていたのだ。


 ――――


「この3日間で九六式主力戦車の損害が30両か・・・。戦死者も100名を超えている。それで進軍できたのがたったの700mとはな・・・」


 総司令の阿南は戦果報告を受けて、その表情をゆがめていた。


 クレムリン宮殿まであと2kmの地点まで部隊を進めることが出来たが、急激に進軍速度が低下していた。そして、友軍の損害も増大している。


 当初は九六式主力戦車を先頭にして歩兵を随伴させていたのだが、建物の窓から火炎瓶を投げつけられて、歩兵の損害が拡大してしまった。その為、九六式主力戦車のみでの進軍に切り替えたのだが、今度は対戦車地雷を窓から投下されてしまう。機銃掃射で応戦しても、レンガ造りの建物は強固で十分な戦果を上げることが出来ない。


 結果、歩兵によって建物一つ一つを確保しながらの進軍となっているのだ。


「とはいえ、非戦闘員のいる建物を破壊してまわるわけにはいきませんし。辛いところですな」


 参謀の佐久間少将も悔しげに言葉を絞り出す。民間人の犠牲者を極力減らすよう、天皇陛下から直々に命令されているのだ。それにロシア皇帝アナスタシアの意向もある。やはり、民間人への攻撃は許されない。

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