第334話 モスクワ最終決戦(2)

「宮間めさの『テイコク立体』」さまのチャンネルにて、書籍のティザームービーが公開されました!

https://www.youtube.com/watch?v=m9WUn8b5oR0

作中に出てくる重巡高雄が再現されています!


------------


「ブラックマン少将。発言が過ぎるぞ。イギリス軍の全権は私にゆだねられている。私の方針がイギリス軍の方針だ」


 モントゴメリーは傍らのブラックマン少将をにらみつけて、不快感を隠そうともしない。イギリス陸軍の全権をゆだねられている自分に対して、部下が異論を挟むなどあり得ないことだ。


 しかし、そう言われたブラックマン少将は引き下がることなく、モントゴメリーをにらみ返した。


「いえ、モントゴメリー将軍。私はこの場で沈黙することは出来ません。今のおっしゃりようですと、本国からは何ら方針変更の指示は来ていないと言うことでよろしいか?それならば、当初の方針通り日本軍と轡(くつわ)を並べて進軍するべきです。今まで共に戦ってきた戦友を裏切るようなことは、栄光ある王国陸軍の軍人に出来ようはずがありません」


 ブラックマン少将は顔を真っ赤にしてモントゴメリーに反論した。テーブルの上の右手を強く握ったブラックマン少将は、その力で鉛筆をへし折ってしまう。


「ブラックマン少将。な、何をそんなに興奮しているのだ?大軍が侵攻するには後方支援と後詰めは必須だ。その重責をイギリス軍が担おうというのだよ。別におかしいことでは無い」


 モントゴメリーはブラックマン少将の怒気に気圧されてしまっていた。まさか味方の将官からこれほどの怒りを買うとは思っていなかったのだ。


「モントゴメリー将軍。私は対独戦開戦当初、第281派遣旅団を率いてフランスに渡りました。そして、ドイツの電撃作戦によって無様に敗退し、ダンケルクに追い詰められていたのです。三分の一の兵士を失い補給も援軍も無く、たった30kmしか離れていない祖国にもう戻ることは叶わぬと諦めていたのです。しかし、神はそんな我々に御使(みつか)いをよこしてくださいました。お見捨てにならなかったのです。空を覆い尽くすドイツ軍機を、あの赤い稲妻(九九式艦上戦闘機)が一瞬で蹴散らしてくれたのですよ!その時の私たちの気持ちがわかりますか!?私たちを救ってくれたのは、本国にいたあなた達ではない!山口少将率いる日本軍です!私はその時、あの空母赤城で、山口少将と最後の最後まで共に戦うと誓ったのです!それなのに、それなのに、モントゴメリー将軍!あなたは日本軍を裏切るというのですか!?」


 ブラックマン少将は立ち上がり、激しい怒りで顔をゆがめながらモントゴメリーを見下ろしていた。自分たちの命を救ってくれた、大恩ある日本軍にだけ危険な作戦をさせるわけにはいかない。そんな事は、自分自身の誇りが、矜恃が、決して許すことは無いだろう。


「お、落ち着きたまえ。ブラックマン少将。裏切るなどと不穏当なことを言う物では無い。これはあくまで打診だ。本国から特段の指示が来ているわけでは無いが、軍隊には役割分担というものがあるだろう。その後方支援という役割を我々が担おうという提案だ。し、しかし貴官の言うことももっともだ。この世界から共産主義を一掃する誇り高き戦いの最前線を我がイギリス軍が担うことは栄誉あることだな。うん」


 モントゴメリーはブラックマンのあまりの迫力に、あっさりと提案を引っ込めてしまった。そもそも本国から何ら方針転換の指示は来てはおらず、純粋にイギリス軍の損害を少なくしたかっただけなのだ。もし、本国の意向を無視する提案をしたことがこのブラックマン少将によって報告されたなら、自分自身のキャリアにも傷がつきかねない。


 ※史実でもモントゴメリーは、自身の指揮下に入った一部のアメリカ軍に対する強権的で無分別な命令や、作戦方針の対立によってアメリカ軍アイゼンハワー総司令と険悪な仲になっていた。


「では、当初の方針通りイギリス軍はモスクワ攻撃の一翼を担ってくれると言うことでよろしいですかな?」


 イギリス軍の内紛をどうなることかと見ていた阿南は、落ち着いたところを見計らって発言をした。イギリス軍の活躍をそれほど期待しているわけではないが、それでも後方に下がられては包囲に穴が出来てしまう。そうなればモスクワ陥落に時間がかかってしまうし、日露軍の損害も大きくなりかねない。阿南としては、それだけは避けたかったのだ。


 そして、作戦としては非常にオーソドックスではあるが、徐々に包囲を狭めていく正攻法が採用されることになった。さらに、補給の途絶えたモスクワに対して、大量の食料が投下されることも決まった。モスクワは既に飢餓状態に達しており、乳幼児の餓死が伝えられている。このことを、アナスタシア皇帝が憂慮されての救援物資だ。交戦中の敵に対して食料を提供するなど常識的にはあり得ないのだが、多くの子供が傷つき倒れていくことをアナスタシアは放置することが出来なかった。


 そして、その食料には市民や一般兵へのメッセージも添えられている。ロシア帝国の豊かな生活を紹介して、モスクワからの脱出を促した。脱出すれば虐待をするようなことは決して無く、十分な食料を与えて保護すると訴えたのだ。


 そして、モスクワの市街地から続々と連合国への投降が始まった。飢えに苦しむ人たちは、食料を取り上げるクレムリンより、食料を与えてくれる連合軍に行くことを決意したのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る