第332話 ルメイ vs 高城蒼龍(5)
「これ以上の事は言えないわ。いずれにしても、次のアルマゲドンまでに負のエネルギーを集めて準備をするのが私の使命よ。そして、ルシフェル様が勝利することによって、人間の、いえ、私たち知能を持つ者全ての救済ができるのよ」
ここでアンドラスは一方的に話を打ち切ってしまった。リリエルはルシフェルの事をもっと聞きたかったようだが、もうアンドラスは何も答えなくなってしまう。
それでも、アンドラスはルシフェルから直接命令を受けているだろう事は推察できた。
「高城大佐。あなたの相棒の天使は面白い方ですね。なぜそこまで神を盲目的に信じることが出来るのか、不思議でなりません。きっと純粋な方なのでしょう」
ルメイは肩をすくめてやれやれという仕草をする。そこにはリリエルに対する嘲笑が感じられた。
「ルメイ大佐、これは異な事をおっしゃる。先ほどあなたは、自分はキリスト教徒で神の存在を信じているとおっしゃっていたでは無いですか」
「ええ、神は存在します。それは間違いありませんよ。しかし、であるならばなぜエデンに蛇が侵入できたのでしょう?なぜ人間は原罪を負うことになったのでしょう?なぜ神の意にそぐわない悪魔が存在するのでしょう?なぜ、敬虔な信者であっても爆撃によって焼き殺されてしまうのでしょう?なぜ?なぜ?なぜ?」
ルメイは口角を上げ、不気味な笑みを浮かべながら高城蒼龍に問いかける。ルメイのやっている絨毯爆撃によって、男も女も、老人も幼児も、善人も悪人も、敬虔な使徒も異教徒も、みな平等に焼き殺されるのだ。そこに神の救いなどありはしない。ただただ殺戮があるだけだ。
そしてルメイは続ける。
「どんなに神に祈っても、私のばらまく硫黄の炎の前には誰も救われないのですよ。ソドムとゴモラを硫黄の火で滅ぼした神の気持ちが、今の私には良くわかります。神は一人一人の人間の事など見てはいない。どんなに祈ろうとも、神はそれに応えることは無いのです」
ルメイは、まるで自分が神にでもなったかのように話し続ける。
「そして、次のアルマゲドンで天使どもに勝利したときに、真の救済が始まるのです」
ルメイは一通りの独演を終え、どこか恍惚とした表情になっていた。この一ヶ月で100万人以上の人間を自分の手によって焼き殺したのだ。ルメイはそれを実感として持っている。自らの力は100万人の命を自由に弄ぶことが出来るのだと。
そして、それを一通り聞いていた高城蒼龍はゆっくりと口を開く。
「ルメイ大佐。私は神が居ようと居まいとどちらでも良いんですよ。天使に憑依されている私が言うのもおかしな話なんですがね。私は、科学と技術によって進歩してきた人類が好きなのです。これからもその進歩は止まりません。そして、いつかは戦争や差別や貧困の無い世界が実現すると思っています。神の手では無く、人間の手によってね。だからこそ、その可能性を潰してしまうようなことは、何としても防ぎたいのですよ。いつかは、人類は神にも等しい力を持つことが出来る。その時には神は失業し、人類が神の力を行使するでしょう。私はそんな世界が来ると思っています」
高城はルメイの目をまっすぐに見つめる。神の力も悪魔の力も、いつかは必ず人類の科学によって解明できる日が来る。そうなれば、もはや人類にとって神は必要なくなる。神を失業させ、我々人類が神に取って代わる日が来るのだ。それは高城蒼龍にとって確信と言っても良い事だった。
「ふふふ、それは面白い。神を失業させて人類が神となるのですか。確かに、人類は神にも等しい破壊力を手にすることが出来ましたね。しかし、それは創造では無く破壊を司る神だ。高城大佐、あなたは核兵器の恐怖によって人類を支配し、戦争を排除しようとでも思っていらっしゃるのですか?そして、日本はその力を既に手に入れているのでは無いですか?」
ルメイは鈍い眼光で高城蒼龍を睨む。
「ルメイ大佐。力で他者を支配する者は、いつかより強大な力によって滅ぼされます。私は、日本はそんなに愚かでは無いですよ。しかし、今日の話で一つ解ったことがある。あなたには、アメリカには絶対に核兵器を持たせてはならない。そう確信できたことは収穫でした」
――――
結局、ルメイの口からはアメリカの核開発状況について何ら情報を得ることは出来なかった。史実でも、アメリカの核開発は極秘に進められていたので、軍上層部の一部にしか知られていなかった。現時点で大佐のルメイが知らなくても不思議では無い。
「やっぱりルシフェル様のご命令なのね。しかし悪魔達の言う“神の計画”って何なのかしら?ルシフェル様が時を遡る研究をしていたときに、何か重大なことを知ってしまったって噂が流れたことがあるけど、もしかするとそれが“神の計画”だったのかしら」
リリエルはアンドラスの言った言葉を反芻してみる。ルシフェルは一体何を考えているのだろう。あれほどの大天使が堕天しなければならなかった“真理”とは一体何なのか?
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