第330話 ルメイ vs 高城蒼龍(3)
ルメイはギョロリとその目を大きく見開いて高城蒼龍を見る。それは、高城蒼龍がどんな返答をするのか試している目だった。
「残念ですが、私の両手はそれほど遠くには届きません。全ての人を救えるとも思ってもいませんし、全ての命を平等に思えるほど人格者でもない。同じ非戦闘員でも、日本人や同盟国人を優先します。だからと言って、敵国人を無価値であると思えるほどの合理主義者でもありません。私は私の力が及ぶ限りに於いて、できうる限り被害を少なくして戦争を終わらせるよう力を尽くすだけです。もちろん、家族を失ったドイツ人やソ連人の中には、我々を憎む人も居るでしょう。しかし、それを甘受する覚悟は出来ています。詭弁を弄しても無駄ですよ」
高城蒼龍は涼やかな笑顔で返答する。民間人に犠牲者が出ることへの覚悟はとうの昔に出来ているのだと。それでもなお、この戦争を早期に、そして勝利で終えなければならないのだ。
「フフフ。高城大佐、あなたは幸せな人生を送ってきたのですね。挫折や困難を知らず絶望することも無く、人間の憎しみや悲しみに接することが無かったのでしょう。殺される人間の絶望、子供を殺された親の憎悪、この世界を満たす悲しみをあなたは知らない。人間が人間である以上、それを完全に防ぐことは出来ない。今生きている人間は、そういった犠牲の上に立っているのです。神ならぬ人間に、他人を犠牲にしてまで幸福を手に入れる事が許されるのでしょうか?」
高城蒼龍は、ルメイの言葉に違和感を覚える。まるで、人々の悲しみや憎悪を憂い、世界から不幸を無くそうとしているような言葉に聞こえる。史実では日本・北朝鮮・ベトナムでの無差別爆撃を主導し、100万人以上の民間人を焼き殺した。今世では、中国大陸において100万人以上殺している人間の言葉とは思えない。
「ルメイ大佐。何が言いたいのです?民間人の上に大量の焼夷弾をばらまいている人間とは思えない言葉だ。人々の悲しみを知り、その上でその悲しみを楽しんでいるとでも言うのですか?」
「まさか。そんなことはありませんよ。私は心底、この世界から悲しみを永遠に消し去りたいと思っているのです。誰一人飢えることも無く、虐げられることも無く、殺される事も無く、悲しみや憎しみの完全に無い世界です。しかし、それは私が生きている内には実現出来ないでしょう。だからといってそれを諦めることは出来ません。だからこそ、例え私が虐殺者の汚名を被ったとしても、その世界を実現するための礎になるのですよ」
高城蒼龍の疑問は深まる。いま虐殺をする事によって、人類に永遠の幸福をもたらすことが出来るとルメイは言っているのだ。もしかすると、悪魔の計画と何か関係があるのだろうか?
「ばかばかしい。あまりにも支離滅裂だ。今虐殺をすることと、悲しみを消し去ることの繋がりを教えていただけないでしょうか?」
高城蒼龍は眉根を寄せてルメイを睨む。なんとなく悪魔の詭弁に乗せられているような気もするが、ルメイの論理を聞いてみたくなったのだ。
「あなた、アンドラスね。ルメイにどんな入れ知恵をしたのかしら?」
リリエルが突然会話に割り込んできた。その声は高城蒼龍の頭の中に響いているが、ルメイにも聞こえているようだった。
「リリエル、久しぶりね。こんな所であなたに会えるなんて思わなかったわ。あなたはその男を伴侶にしたのね」
姿こそ見えないが、アンドラスと呼ばれた悪魔の声が高城蒼龍にも聞こえてきた。透き通った湧水のような清らかな声だ。その声と話し方から女性の悪魔だろうと推測できる。
「ええ、いろいろとあってね。そんな事より、あなた達の目的は何?人間の憎悪を食べているあなた達が人間の幸せを願うなんて、ちゃんちゃらおかしいわ。三流ラノベでもそんなストーリーにしないわよ。何言ってんのかしら」
リリエルは吐き捨てるようにアンドラスに問いかけた。そこには、あからさまな嫌悪が感じられる。
「“ラノベ”?何言ってるのかわからないけど・・。私はね、あなた達天使の考えこそ理解出来ないの。いえ、私も天使だった頃は神の意志を理解しているつもりだったわ。でもね、違ったのよ」
天使が“堕天”する事によって悪魔になるという。つまり、神の使徒である天使が神の祝福を疑い、悪魔に寝返ったと言うことだ。そうした悪魔がかなりの数に及ぶと言うことは、それなりの理由があるのではないのか?アンドラスの言を聞いて、高城蒼龍はそんな事を考える。
「違った?何が違うって言うのよ!?神様がお作りになられた人間を庇護するのが間違いだって言うの?」
リリエルは声を荒げる。自らが信じる“神”を疑うアンドラスの言葉が許せない。
「リリエル、あなたは神の計画を知らないのよ。なぜルシフェル様が堕天したか知ってる?それはね、ルシフェル様が“真理”に到達したから。神の計画を知ったからなのよ」
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