第329話 ルメイ vs 高城蒼龍(2)
ルメイはじっと高城蒼龍の目を見る。
「お一人で来られると聞いていたのですが、お連れ様がいらっしゃったのですね」
ルメイはそう言って、高城蒼龍に腰掛けるよう促した。
「高城大佐と二人だけで話がしたい。君たちは席を外してくれないか」
ルメイは落ち着いた声でゆっくりと秘書官に告げる。秘書官はルメイの言った“お連れ様”の意味が解らなかったのだが、言われるままに退出していった。
「高城大佐、コーヒーをどうぞ。あ、もちろん毒などは入っていませんよ。安心してください」
ルメイはコーヒーカップを手に持ち、自ら飲んで見せた。毒など入っていないというアピールだろう。そして、テーブルに置いてある葉巻を手に持ち、ライターで火を付けた。
「ルメイ大佐、率直におうかがいする。あなたの目的は何ですか?あなたは悪魔の力を借りて、いったい何をしようとしているのですか?」
高城の質問に、ルメイは大きく葉巻を吸い込んで、少し上を見ながら煙を吐いた。そしてニヤリと口角を上げて高城を見据える。
「私の相棒がね、高城大佐のことを“殺せ、殺せ”と言っているんですよ。まさか、東京に私の“同類”がいたとは驚きでしたね」
「“同類”ですか?ルメイ大佐の仲間だと思われるのは、甚だ心外ですね。私は無辜の民をあえて焼き殺すような嗜好は持っていませんよ」
これが21世紀なら、国際刑事裁判所(ICC)に訴えればルメイの逮捕状が出る可能性はある。しかし、1941年時点において、戦争による残虐行為を当事者以外が裁くことは出来ないのだ。国際法上、ルメイがしている残虐行為を日本は止めることが出来ない。その事に、高城蒼龍は忸怩たる想いを持っていた。
「ククク。ちょっと何を言っているのかわかりませんね。私は軍需物資を生産していると思われる地域に限定して爆撃をしているのですよ。しかも、事前に非戦闘員への退避勧告をしています。それなのに、逃げないということは、彼らは共産党軍で間違いないでしょう。それに、貴国もドイツやソ連の工場を爆撃しているではないですか。我が国の調査では、日本軍の爆撃によって5万人以上の未成年者と女性が死亡しています。日本による虐殺はきれいな虐殺とでも言いたいのですか?」
ルメイは不敵な笑みを浮かべて高城に返答をした。確かに日本軍による爆撃で、独ソの工場で働いている未成年者や女性に犠牲は出ている。また、都市部では巻き添えになった民間人の死者も出ている。しかし、多くの爆撃では事前に避難勧告を実施しているし、出来るだけ被害を最小にする努力はしているのだ。ルメイがやっていることとは全く違う。民間人の死者の数も、アメリカの爆撃では100万人以上に及ぶのだ。
「たしかに、巻き添えをゼロにする事はできません。しかし、アメリカの爆撃による死者は100万人を超えています。明らかに不必要な爆撃をしている。それは、国家としての意思ですか?それともあなたの?いや、悪魔の意思ですか?」
「高城大佐。現代の戦争に於いて、民間人の犠牲を出さないようなことは不可能です。それでは、何人までの犠牲なら許容されるのでしょう?50人ですか?それとも40人?神は言われたのですよ。10人の善人がいれば滅ぼさないでおこうと。つまり、9人までの巻き添えなら、神も許容されると言うことでしょうか?あなたも、人数が少なければ巻き添えを出しても良いとおっしゃるのか?」
「旧約聖書の創世記ですか?悪魔を相棒にしているあなたから聖書の一節が出てくるとは思いませんでしたよ」
「おや?私は敬虔なキリスト教徒ですよ。神が存在することも疑ってはおりません。だからこそですよ。神は、ソドムとゴモラを滅ぼすにあたって、10人以上善人がいれば滅ぼさないと言いました。逆に言えば、善人が9人だけなら滅ぼすと言うことです。それでは、その9人は今まで何の為に生きてきたのでしょう?堕落した街の中で神を信じ善行を積んできたのに、神に見捨てられて殺されてしまうのです。まるで今のあなたは神のようだ。日本軍による5万人の犠牲は良いが、アメリカ軍による100万人の犠牲は許せないと?では、何万人までなら許せるのでしょうか?」
高城蒼龍は言葉に詰まってしまう。ルメイの言っていることもまた真理の一面だ。日本とアメリカが行っていることは、犠牲者の人数の違いだけで本質的に同じ事をしているのではないのか?
ルメイは話を続ける。
「私はね、高城大佐、一人の命も100万人の命も重さは同じだと思っているんですよ。犠牲の多寡に心を悩ますのは生き残った人間だけです。一人の犠牲なら許容できるが、100万人は許容できない?それは、傲慢では無いですか?犠牲となった人にとっては、それが1人でも10人でも100万人でも同じ事です。あなたは人の命を統計上の数字としか見ていないのではないですか?」
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