第326話 ドイツ降伏

 ヒトラーと首都を失ったドイツは、全ての権限をロンメルに託し、そして無条件降伏を受け入れた。


 ドイツ軍の武装解除は混乱もなく粛々と実施され、ドイツ国民への救援物資も大量に届けられた。


 ベルリンに於いての救援作業は、防護服やヨウ素などを日本軍が提供し、食料や通常の医薬品はイギリスが提供した。ただし、市内に入って救護活動を行うのはドイツ軍に任せることになった。


 やはり、日英仏兵士を放射能の危険にさらすことはためらわれたのだ。


「これが核爆発前の写真で、こっちが爆発後です」


 宇宙軍本部の大型ディスプレイに、衛星からベルリンを撮影した写真が映し出される。一枚はブランデンブルク門を中心として、整然とした町並みが写る写真。そして、もう一枚は、巨大なクレーターを中心にして廃墟になった街の写真だ。


「酷い有様だな。推定核出力はどれくらいだったんだ?」


 高城蒼龍は渋い顔で森川中佐に訪ねる。


「最小の見積で40kt、最大で50kt程度ですね。現地で調査をすればもっと正確に推測できると思います」


「かなり大きな出力だったんだな。熱核反応(核融合)ではないんだろう?」


「核融合反応の形跡はありません。残留放射性元素から、ウラン235による核分裂反応で間違いはないでしょう。ウラン235でこれだけの出力を持たせようとすると、よほどうまく設計しなければできません。工夫のないガンバレル型では不可能です。例えば、複数個に分割したウランの塊を同時に合体させるなどが考えられます」


 ドイツによって開発された原爆は、ウランの濃縮度こそ70数パーセントだったが、32分割されたウラン235が火薬によって射出され中心で合体し臨界量を超えるという物だった。さらに、爆弾全体を低濃縮ウランで作られた厚さ13cmの外殻(タンパー)で覆っており、これが核分裂による中性子を受け止めて二次核爆発を起こしたのだ。


 外殻まで核分裂を起こすことは計算に入っていなかったが、偶然にも連鎖反応を起こしてしまい、核出力を増大させてしまった。


 ※ナガサキ型原爆では中性子反射体に天然ウランを使用していたが、これが大量の中性子を受けて副次的に核分裂を起こしたとされる。


「核爆弾の研究施設は解ったのか?」


「ベルリンから南に30kmほどの所で確認されています。巨大な地下施設だったようですが、全て爆薬によって破壊されています。現在はイギリス軍が確保して立ち入り禁止区域にしています。科学者達のほとんどは、イギリス軍が逮捕していますね」


「イギリスにしてみれば、喉から手が出るほど欲しい情報だろうな」


 この事態を受けて、核兵器の取り扱いについての会議が日英仏間で持たれることになった。


1941年5月13日


 エジプト カイロ


 日本からは鈴木貫太郎首相が、イギリスからはチャーチル首相、フランスからはド・ゴール将軍がここカイロに集まっている。


「すると、日本は核兵器開発の一切の禁止を主張するのですか?」


 チャーチルは日本の主張に対して、怪訝な表情を向けていた。


「はい、チャーチル首相。首相もベルリンの惨状をご覧になられたでしょう。あれは攻撃目標を絞ることができません。一度使用すれば、多くの一般市民を必ず殺傷します。それを大量に使えば、人類滅亡すら危惧されます。人類が所持して良い兵器ではないのです」


「それは理解出来ますが、もし我々が核兵器を所持しておらず、ソ連やその他の国が開発をしたなら、一方的に蹂躙されてしまうのではないですか?そうならないためにも、一刻も早い開発が必要だと考えています」


 チャーチルの主張に、フランスのド・ゴール将軍も同調する。あのような兵器を見せつけられて、軍人としてそれを手に入れないという選択肢は無いのだ。


「我々が核兵器を開発し、独占することによって世界に永遠の平和をもたらすことが出来るのではないですか?この三カ国で核兵器を共同管理するのですよ」


 三カ国の主張は平行線を保ったまま、まったく歩み寄りを見せることはなかった。特に国土をドイツに蹂躙されたフランスは、二度と侵略を受けない為にも核兵器の保有が必須であると強く主張した。


「ところで鈴木首相。貴国日本の核兵器開発状況について教えていただけないでしょうか?もしかすると、既に貴国は核兵器を保有していて、自分たち以外の国に保有させないようにと考えているのではないですか?」


 宇宙軍によって核兵器が開発され、すでに実戦配備されていることは、当然鈴木首相も知っている。しかし、それを正直に公開することなどあり得ない。


「核兵器開発については極秘事項です。同盟国とはいえ、現時点で公開することは出来ません」


 この鈴木首相の発言に、チャーチルとド・ゴールは真意を測りかねる。


 核開発を全くしていない為、それを隠すブラフであるともとれるし、開発をしているとも受け取れる。


「今回のベルリンにおいて、日本の的確な情報と防護服やヨウ素剤の提供には驚きましたよ。とても核兵器を開発していない国が出来ることでは無いように思えるのですがね。日本はすでに核兵器の開発を成功させているのではないですか?」


 チャーチルはいやらしい笑みを浮かべながら鈴木首相を追求する。


 核兵器の取り扱いに関しては、今回の会議では結論は出なかったものの、“カイロ宣言”として以下の文書がまとめられた。


 ・日英仏を除く国や団体が、核兵器の開発を行うことは許容できない

 ・ドイツに平和で民主的な政権を樹立する。それまで、英仏二カ国によって治安を維持し、日英仏三カ国の管理の下、新憲法の公布と総選挙が実施される

 ・ソ連に対し、改めて即時の無条件降伏を求める。降伏後は、ロシア帝国に併呑される。


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