第325話 黒い雨
「モントゴメリー司令!東の空に太陽が!」
ベルリンから西方に40km、エルベ川の近くに設営された司令部では、東の地平線に突然現れた朝日のような光りに皆騒然としていた。
現在は日没直前であり、太陽は西の空に沈みかけている。この時間帯に、朝日が昇るはずなど無い。だが、東の空を明るく照らす光は、朝日の光りとしか思えなかった。
「何が起こっているんだ!あれはベルリンの方向か?前線部隊に問い合わせろ!」
「前線部隊と連絡が取れません!日本製の通信機でもダメです!」
突然の光りと前線部隊との連絡途絶。この異常事態に、モントゴメリー率いる英仏軍の司令部は混乱に陥っていた。
そしてその光から1分と少しが過ぎたとき。
「うぉっ!」
ドンッ!という激しい衝撃波が司令部を襲ってきた。これは、超音速ジェット機が至近で通過したときの衝撃波に似てはいるが、その規模は段違いに大きかった。
そして衝撃波の後、東の地平線にあった光の球は、徐々にその輝きを失いながらゆっくりと上昇を始めた。それは、まるでこの世の終わりを告げるかのような、禍々しいキノコ雲を形成していった。
「あれは・・・・いったい?」
――――
「なんだとっ!?ベルリンで巨大な爆発が?」
その情報は、すぐに日本の宇宙軍本部に伝えられた。
「そんな・・・まさか・・・・」
高城蒼龍を始め、宇宙軍のメンバーは第一報に言葉を失ってしまった。まさか、ベルリン市民を道連れに、本当に核を使ってしまうとは・・・。
「いや、まだ核兵器が使われたという確証は無い。衛星では捉えていないのか?それと、動ける九七式戦闘攻撃機を偵察に向かわせろ!念のため、阿南司令にはNBC装備をするように連絡しておかないと・・・」
※NBC装備 核兵器・生物兵器・化学兵器に対応する装備
この報告を受けて、統合幕僚本部は現地の阿南司令に対しベルリンから遠ざかる様に指示を出した。そして、兵士達に防毒マスクを着用させる。放射性の塵を吸い込んでしまうと内部被曝によって長期的な健康被害が懸念されるためだ。
そして第一報から30分後。
「偵察に出た九七式戦闘攻撃機からの情報です!赤外線映像には、高温の雲がベルリンを覆っている様子が映っています!ガイガーカウンターにも反応あり!かなりの放射線濃度です!」
続いて偵察衛星からの画像が届く。
爆発の瞬間は捉えていなかったが、高温の雲がベルリン上空を覆っている様子が映し出されていた。このような現象を起こすことの出来る“モノ”は、もはや一つしか考えられなかった。
――――
同時刻 ベルリン
爆心地には、半径200m、深さ30mの巨大なクレーターが出現していた。そして、そこから1km以内の建築物は既に存在しておらず、2km以内で生き残っている生命体はほとんど居なかった。爆発によってベルリン全域で火災が発生したが、爆発から30分程度で降り始めた黒く激しい雨によってそのほとんどは鎮火した。
ベルリンの中心部を流れるシュプレー川には、火傷を負った人たちが水を求めて殺到し、川面は焼けただれた死体で埋め尽くされていた。爆心地から4kmほど離れた場所では、怪我をした人々が、まるで幽鬼のように列を成して郊外に向かって歩いている。太陽は沈み、空は黒い雨を降らす雲に覆われていて光りは無い。鎮火されていない火事の明かりだけが、彼らの道を照らす唯一の導(しるべ)であった。
――――
イギリス ロンドン
「ベルリンに突入した部隊と連絡が取れないだと!?一体どういうことだ?」
この異常事態の報告を受けたチャーチルは、嫌な予感と共に背筋に冷たいものを感じていた。
「まさか・・・・・・、とにかく正確な情報だ!情報収集に全力を挙げろ!」
そこへ、連絡武官が首相執務室のドアをノックした。
「チャーチル首相。日本から緊急連絡です。“ベルリンにおいて核兵器が使われた可能性あり。全軍、すぐにベルリンから退避し、大量の水で粉じんを洗い流すように”との事です」
この時代、放射線の毒性はある程度認識されてはいたが、それでも21世紀の理解とは比べものにならないくらい甘い物だった。前線部隊の救援に駆けつけたなら、防護服も持っていない兵士達は放射線障害によってその多くが命を落とすことになるだろう。日本からはその危険性が伝えられたのだ。
「なぜ日本は放射能についてここまで知見があるのだ?核兵器の開発をしている兆候は無かったのだろう。まさか、極秘に研究をしていたのか?」
日本が核兵器を研究するとすれば、核物理学の権威である仁科博士をプロジェクトに参加させるはずだ。しかし、仁科博士の近辺を調査してもそういった情報は出てこなかった。しかし、それならば何故、ここまで放射能について詳しいのだ?
「もしかすると、これもあの高城蒼龍の情報なのか?」
――――
アメリカ ワシントン
「大統領閣下。どうやらベルリンに於いて核兵器が使われたようです」
国務長官のハルが大統領に報告をした。ドイツに忍ばせているスパイからも、イギリス政府の中枢にいるスパイからも同じ情報がもたらされていた。
「なんだと!?イギリスが使ったのか!?」
「いえ、大統領。おそらく、ドイツが使ったものと思われます。どうも、ヒトラーの自爆なのではないかと分析しています。自暴自棄になったヒトラーが爆発させたのでは無いかと」
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