第324話 最後の大隊 ~ ラスト・バタリオン ~

 ヒトラーは妻となったエヴァを伴って地下壕を出た。そして、新型爆弾の設置してあるティーアガルテンに向かって歩き出す。太陽は既に西の地平線近くにあり、雲を赤く染めていた。辺りからは、止めどなく爆発音が聞こえている。


 二人は手を繋ぎ、ブランデンブルク門をくぐる。談笑をしながら思い出を語って歩いた。


「アドルフ、初めてお会いしたときのことを覚えていらっしゃるかしら?ホフマンさんの写真スタジオで、選挙用のポスター写真の撮影に来られた時のことよ」


 エヴァはちょっと意地悪な笑顔でヒトラーに質問をする。今から12年前の事だ。写真家であるホフマンのスタジオで助手をしていたとき、そこにヒトラーが訪れたのだ。


「ああ、覚えているよ。一目惚れだったからね。なんて可憐な女性だと思ったんだ。私にとってその出会いは、広大な砂漠の中でオアシスにたどり着いた時のようだった」


「うふふ、初めて会ったとき、あなたはずっと私の足を見ていらしたわ。政治になんか全く関心が無かったから、あなたが政治家だったなんて知らなかったの。変なおひげを生やしたスケベな中年紳士って印象だったのよ」


 エヴァは口を尖らせ、上目遣いでヒトラーを見た。


「ははは、スケベな中年紳士か。そんな視線で見てしまったことは謝るよ。君の魅力に当てられてしまったんだ。その後、何回かデートに誘ったが断られ続けて、もうだめかと思っていたな」


「あの時私は17歳だったのよ。知らないおじさまからドライブに誘われて、そんな簡単についていくなんて事出来ないわ。でも、あなたは諦めなかった」


「そうだな。私はあきらめが悪いのだよ。欲しくなったものは、全て手に入れたくなるんだ。君も、世界も・・・・」


 二人の後を、護衛の親衛隊員とゲッペルス夫妻がついて歩いていた。


 ゲッペルス夫妻には6人の子供がいたが、地下壕を出る前に青酸カリを飲ませて殺害していた。


 一番上の子は8歳、一番下の子は昨年生まれたばかりだった。ヒトラーに心酔していたゲッペルス夫妻にとって、ヒトラー亡き後の世界に何の未練も無かった。ヒトラーという希望を失った世界に、子供たちを残していくことは出来なかったのだ。そして、新型爆弾の起爆キーの片方は、ゲッペルスに渡されていた。


 英仏軍はティーアガルテン近くにまで進軍してきている。今爆発させることが出来れば、忌々しい英仏軍に大打撃を与えることができるだろう。そして人類は、自らを滅ぼすことの出来る兵器を手にすることになる。それは、まさに地獄の始まりだ。アーリア人による世界支配を目指して戦ってきたが、その夢は潰えてしまった。しかし、この核兵器によって人類は永遠に呪われるのだ。ヒトラーはその人生の最後に、世界に呪いをかけることを選択した。


 ヒトラー達は、英仏軍から攻撃を受けること無くティーアガルテンにたどり着くことが出来た。これだけ至近で戦闘が行われており、英仏軍の攻撃ヘリが上空を飛び回ってる中で無事に到着したのは奇跡と言ってもよかった。それはまるで神の加護に与っているようだった。


「ゲッペルス君、そのキーを差し込みたまへ。そして、同時に右に回すのだ。そうすれば、我がライヒ(故郷)を穢している英仏軍は神の業火によって焼き払われることだろう」


 ゲッペルスはヒトラーの目を見てうなずく。そして、妻のマクダと一緒にキーを握り、ゆっくりと差し込んだ。


「さあ、エヴァ、私たちも最後の儀式を執り行おう。これによって、私たちは永遠の命を手に入れることが出来る。そして、ライヒの子供たちの行く末を見守ろう」


 ヒトラーとエヴァはキーを差し込む。そして見つめ合い口づけを交わした。


「ハイル・ヒトラー!ハイル・ヒトラー!・・・・・」


 周りを囲んでいた親衛隊員達が、右手を斜めに上げてナチス式敬礼をする。そして、その声と同時に、二つのキーは右に回された。


 ――――


「シュトローム通りとシュール通りの敵を排除した。ブランデンブルグ門までもう少しだ」


 上空を旋回している攻撃ヘリは、英仏軍の直前に陣取っているドイツ軍を順次駆逐していた。もうドイツ軍からの組織的抵抗はほとんど無くなってはいたが、それでも建物から親衛隊やヒトラーユーゲントが出てきては、散発的に抵抗を試みていた。


 ブランデンブルグ門の周辺には、国会議事堂や総統府などの重要な施設がある。現時点でヒトラーがそこに居る確証は無いが、これらの重要施設を抑えることが出来れば、程なくしてドイツは降伏するだろうと誰もが思っていた。


 あと少し、あと少しでドイツとの戦争が終わる。


 ブランデンブルグ門を目指す兵士達は誰もが、この地獄のような戦争を終わらせたいと願っていた。


「なんだ?」


 攻撃ヘリのパイロットは、前方1000mほどの地上で光り輝く何かを目撃した。そして次の瞬間、パイロットの意識は永遠に閉じてしまった。


 地上に出現した光球は、半径1km以内の物を一瞬にして燃え上がらせた。もっと近くにあったものは蒸発してしまう。中心の温度は100万度以上に達し、岩石の沸点を優に超えているのだ。この光球の中で生命を保つことはもはや不可能であった。


 ベルリンを半包囲していた英仏軍は、何が起こったか正確に理解出来ないまま熱線で焼かれてしまった。1km以上離れていて熱線による死を免れた者達へも、熱線に続く衝撃波が到達した。爆心地から1kmの場所でも、1平方メートルあたり10トンを超える圧力に晒されてしまったのだ。その抗うことの出来ない爆圧によって、兵士達は一瞬にして潰された。上空を旋回していた多くのヘリも、粉々に砕けて墜落してしまう。


 衝撃波の後は、数千度に熱せられた爆風が押し寄せてくる。奇跡的に生き残っていた者達の魂を刈り取るために。

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