第321話 D-day(3)

1941年4月4日正午ごろ


 未明より上陸を開始した部隊は既に橋頭堡を確保し、物資の陸揚げを開始していた。そして、準備の整った装輪戦闘車部隊は重要拠点の占領を目指して南下を開始する。


 この装輪戦闘車両は、2032年の自衛隊に於いて運用されている8輪兵員輸送車パトリアAMVの車体に、自衛隊87式偵察警戒車の25mm砲塔を乗せたような車両だ。装輪車なので泥濘湿地での運用は出来ないが、道路網の整備された西ヨーロッパでは無類の機動力を発揮する。


「夕方までにはエスビワウに突入するぞ!」


 日本軍から最新の兵器を供与された英仏軍の士気は高い。今まで自分たちが使っていた兵器とは、隔絶した性能を持っている。そして、この最新兵器を使いこなすために、寝食を惜しんで訓練をしたのだ。


 エスビワウは、ベジャービーチから30kmほど南にある港湾設備を擁した港町だ。ここを明日の朝までに“解放”する。


 そして、エスビワウを拠点としてベルリンに進軍するのだ。ドイツの東側からは、日露軍がベルリンを目指すことになっている。英仏軍と日露軍でベルリンを包囲殲滅する作戦だ。どちらが先にベルリンに到達出来るかの勝負でもあった。


 ベジャービーチを出発した装輪戦闘車両は、舗装された幹線道路に入るとアクセルを全開にして加速した。この車両の最高速度は100km/hもある。当時の一般的な量産自動車より速い速度で、車両総重量23トンの物体が疾走するのだ。車列をなして疾走するその迫力は、すさまじいものがあった。


 エスビワウに到着した装輪戦闘車部隊は、その勢いのまま市街へ突入した。それと同時に、上空からはイギリス陸軍第16空中旅団戦闘団落下傘連隊も市街へ降下を始める。


 このエスビワウを守備していたドイツ軍はせいぜい3,000名程度だった。そこへ、多数の装輪戦闘車と4,000名の歩兵、上空から5,000名の空挺団が急襲した。宇宙軍の開発した短機関銃や自動小銃で武装した英仏軍兵士の前に、ドイツ軍守備隊はほとんど抵抗する事も無く降伏した。


 そして、時を置かずエスビワウの港湾施設に、英仏軍の輸送船団が入港する。その輸送船団からは、多数の九六式主力戦車を始め、日本軍から供与された様々な戦闘車両や工作車両が陸揚げされた。


 今回の作戦“オペレーション・ポテト”では、一週間でベルリンを包囲することが計画されている。


 偵察機と偵察衛星によって、ドイツ軍残存部隊の配置は詳細に判明している。デンマークからベルリンまでのドイツ軍に爆撃を加え、そこに英仏軍の地上部隊がなだれ込む。


 陽動によってフランス方面に集中していたドイツ軍に対しては、幹線道路や主要な橋を爆撃し、ドイツ本国に戻って来られないように足止めをするのだ。これによって、連合国軍兵はもとよりドイツ軍兵の損害も減らすことが出来る。ドイツ降伏後を考えて、ドイツ兵であっても出来るだけ殺害しないという方針が決定されていた。復興のための人的資源を無駄にしないという配慮だ。


 そして時を同じくして、ポーランド方面から日露軍も進撃を開始した。


 また、チェコスロバキアでは、現地パルチザンも一斉蜂起してドイツ軍の駆逐を開始した。日露軍の爆撃によってほとんどの戦車や装甲車を失い、満足な補給も受けることが出来なくなっていた各地のドイツ軍は、次々に撃破され降伏をしていく。ヨーロッパに於いてナチスドイツの軍勢は、ドミノを倒すがごとく連鎖的に崩壊していった。


 ――――


 ロンメルの元へは、すぐにベルリンに戻るようヒトラーから命令がきていた。しかし、幹線道路や橋梁は全て破壊され、ロンメルは部隊を移動させることが出来ない。


「このままでは、ベルリンが廃墟になってしまう」


 ロンメルの居るフランス・アミアンからベルリンまでは800kmもある。それに比べてデンマークからベルリンまでは400kmだ。連合国の空爆を避けながら、敵よりも早くベルリンに戻ることなど不可能だ。連合国軍は人道的配慮と称して、都市への爆撃は実施していないとは言え、地上戦となればドイツ国民にも甚大な被害が出るだろう。ロンメルとしては、何としてもそれだけは避けたかった。


 ――――


 ベルリン総統府


「フロム大将に繋いでくれ」


 “新型爆弾”の開発を行っているフリードリヒ・フロム大将を、ヒトラーは電話口に呼び出した。


「フロム大将。君が開発をしている例の新型爆弾の試作機だが、それをベルリンに運んでくれ。出来るだけ速やかにだ」


 ベルリンから南に30kmほど離れた森の中に、その研究施設への入り口があった。強固なコンクリートで作られた入り口を入り、地下70mまでらせん状の道路を下った所で、ドイツ中から集められた物理学者達が新型爆弾の開発に携わっていた。その開発に於いて、現状ウラン235の濃度を70%程度にまで引き上げることに成功している。しかし、航空機に乗せることが出来る程度に小型化するためには、80%以上の濃度が必要とされ、残念ながらそこまでの濃縮には至っていなかったのだ。


「はい、総統。しかし、現状の大きさは15トン以上あり、まだ実用的な段階には達しておりません」


 ウラン235の濃度を80%以上にまで高めることが出来れば、計算では3トンくらいにまで小型化ができる。しかし、濃度が70%程度だと、中性子の減速材に重水素と黒鉛を大量に使わなければならず、システム総重量が15トンにも及んでいたのだ。


「かまわんよ。連合国に対する“脅し”に使うだけだ。だが、爆発しないとバレてしまっては脅しにならないから、一応その準備はしておいてくれ。なに、心配することはない。この新型爆弾を材料に、有利に講和をするのだ。ことここに至っては、ドイツ民族存続のために、この新型爆弾と私の首くらいなら差し出しても良いのだよ」


 ヒトラーのその命令に、フロム大将は背筋に冷たい物を感じていた。

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