第322話 D-day(4)
1941年4月4日午前零時
ポーランドのブレスラウ(ブロツワフ)に布陣する日本軍の所へも“ロンドン・エアポートは霧の為閉鎖”の符丁は届けられていた。
「全軍、ベルリンに向けて前進だ!」
総司令の阿南(あなみ)中将は全軍に進撃を命令した。ブレスラウからベルリンまでは直線距離にして300kmほどであり、英仏軍の上陸地点よりはベルリンに近い。しかし、デンマーク方面のドイツ軍は手薄であったが、ポーランド方面のドイツ軍は強固な防衛陣地を構築しており、残存部隊も多かった。
※ソ連軍への圧力はロシア軍が担当し、ベルリンを目指すのは阿南中将率いる日本軍のみの構成となっている。
日本軍は持てる航空戦力を駆使して、ドイツ軍防衛陣地を撃破していった。九九式襲撃機“雷電”部隊は35mm機関砲の破壊力を存分に発揮し、残存しているドイツ軍戦車や装甲車を片っ端から破壊していく。九八式攻撃ヘリはドイツの空を縦横無尽に飛び回り、確認されている前線司令部に接近してピンポイントで破壊していく。
事前の偵察によって、ドイツ軍防衛陣地の状態は詳細に把握している。十分な情報によってバックアップされた日本軍の前に、ドイツ軍は為す術がなかった。
――――
1941年4月11日
宇宙軍本部
「英仏軍はベルリンまであと50kmか。もう一押しだな。阿南司令の部隊は、あと100kmか。これは、英仏軍に先を越されそうだな」
白次中佐がディスプレイに表示された戦況図を確認する。
「ドイツの南東方面は川や森が多いからね。それに、ポーランド方面ではかなり激しい雨が降ったみたいだし。まあ、仕方が無いよ。それに、ベルリン攻略は英仏軍に花を持たせれば良いんじゃないかな?もともとヨーロッパの戦争だしね」
高城はそう返答しながら、ヒトラーの最後はどうなるか想像していた。
史実ではソ連軍にベルリン市街地にまで攻め込まれてしまい、ヒトラーは恋人のエヴァと共に自殺をしている。今世においても、ベルリンを守備している部隊はほとんど存在せず、英仏軍はそれほど苦労せずにベルリンを占領できると考えられていた。
「しかし、ドイツの核開発状況がまったく解らないのは不気味だな」
テレビ会議システムの向こうで、ロシアの有馬公爵が渋い顔をしている。
「KGBとルルイエ機関が全力で調べても解らなかったんだ。どうしようもないよ」
史実では、ドイツは核兵器開発の為にノルウェーの重水製造工場から重水を入手していたが、今世のノルウェーはドイツに屈していないため重水はドイツに渡っていない。しかし、天然の水素に7000分の一から6000分の一の割合で含まれている重水素の分離は、技術的にはそれほど難しくはなく、時間をかければ十分な量の確保が出来ると考えられていた。
その為、核開発をしているのではないかと疑われた施設へは、徹底的な爆撃が実施されたのだが、これで阻止できているかどうかの確証は残念ながら得られていない。
「いずれにしても、核爆弾を運べるような大型機はもう一機もドイツには残っていないから、万が一開発されていたとしてもそれほど脅威にはならないと思うよ。ただ・・・」
そこまで言った高城蒼龍は、迷いのある表情をして言いよどんだ。
「ただ?」
「ああ、ただ、連合国軍とベルリン市民を道連れにする事を選択したなら、状況は変わってくるかもな・・・・」
そこに居た宇宙軍のメンバー全員が高城蒼龍の方を見る。
「まさか。いくら何でもそれは無いんじゃないか。あまりにも常軌を逸しているよ」
皆、口々にあり得ないと言うが、それでも漠然とした不安を払拭することは出来なかった。ここに居る者は全員、人間が不合理な生き物であることを知っているのだ。
「まあ、それも開発が成功していたらの話だけどね。解らないことを心配しても仕方が無いんだが、ヒトラーの最後まで情報収集には全力をあげよう」
――――
1941年4月12日
「総統閣下。新型爆弾の設置が完了致しました。こちらが起爆スイッチになります」
ベルリン市街地にあるティーアガルテン(公園)の戦勝記念塔近くの林に、巧妙に隠された“新型爆弾”が設置され、その前にヒトラーは立っていた。
その爆弾は、全長10メートル、高さ4メートルほどの油槽タンクのような形をしており、その隣に制御盤が繋がれていた。
「こちらが起爆キーになります。私が持っているキーとこのキーを差し込み、同時に回すことによって爆発致します」
そう言ってフロム大将はヒトラーにキーの一つを渡した。
「なるほど。これが最終兵器か。あまり美しくはないな。この試作品はどの程度の威力があるのだ?」
「はい、総統閣下。計算ではTNT火薬5万トンから10万トンのエネルギーがあります。もしこの場所で爆発したなら、ここから半径2km以内は消滅し、5km以内の地域に甚大な損害を与えます。ただし、“早期爆発”という現象が発生した場合は、その数十分の一の破壊力にとどまります」
原爆においては、そのウランの100%が核分裂を起こすことはない。最初に臨界に達した部分が連鎖反応を起こし早期に爆発してしまうと、ウランのほとんどを吹き飛ばして巨大な爆発を起こすことが出来ないのだ。うまく爆発させるためには、緻密な計算と設計が必要になる。
「ああ、かまわんよ。脅しに使うだけだ。爆発するかも知れないと思わせるだけで良いのだよ。ご苦労だったな、フロム大将」
ヒトラーはフロム大将に笑顔を向ける。そして、傍らにいる親衛隊に目配せをした。
「フロム大将。総統暗殺計画の容疑で逮捕する」
黒い制服に身を包んだ親衛隊の兵士達がフロム大将の両腕を掴んだ。そしてすぐさま手錠をかけた。
「そ、総統!これはどういう事ですか?私が総統の暗殺計画など、何かの間違いです!」
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