第319話 D-day(1)

「シュテュルプナーゲル大将。今日の用件はフランス沿岸防衛についてですか?この防衛戦には、大将の働きが要です。何なりと相談して下さい」


「はい、元帥。ありがとうございます。上陸阻止を当然成功させなければなりませんが、万が一突破された場合の防衛ライン構築について検討させていただきたいと思っております。また最悪の場合、このベルリン郊外で防衛戦を実施する可能性も考えなくてはならないでしょう。もしよろしければ、車でベルリン郊外の視察にご同行願えませんでしょうか?」


 ロンメルは、車でベルリン郊外の視察を行いたいというシュテュルプナーゲル大将を訝しむ。確かに最悪のケースを想定することは軍人の責務だ。しかし、首都の防衛であれば図上確認をまずするべきだろう。それに、自分は何の準備もしていない。こんな状態で生産的な検討が行えるとは思えなかった。


「シュテュルプナーゲル大将。今からですか?今日はもう予定はありませんが、まずは図上確認がよろしいのでは?」


 ロンメルが言ったことは正しい。確かに戦場の現地確認も必要だろうが、人間の目で見える範囲は限られている。まずは資料と地図によって確認をし、気になったところを現地視察するのがセオリーだろう。


「ロンメル元帥。何カ所か確認していただきたい場所があるのです。万が一、英仏軍が首都直前にまで進軍してきた場合、持ちこたえられるかどうかがかかっているのです」


 シュテュルプナーゲル大将の熱意と血走った瞳に、ロンメルは気圧されてしまった。


 彼はいつもフランスに常駐しているので、ベルリンに帰ってくることはあまりない。ちょうどスケジュールが重なったこの日に、どうしても確認したいのだろうと思うことにした。


 そして、ロンメルはシュテュルプナーゲル大将の用意した車に乗り込む。


 ――――


 1941年4月3日


 フランスノルマンディー地方のドイツ軍に対して、イギリス本土から出撃した航空機による爆撃が開始された。


 イギリス軍のブリストル爆撃機やハリファックス爆撃機が、ノルマンディーの空を埋め尽くす。ドイツ軍高射砲陣地は、日本軍の零式戦闘攻撃機と九七式戦闘攻撃機による爆撃によって既に沈黙している。ドイツ軍の航空基地も事前爆撃によって無力化に成功した。


 このノルマンディーの空に、イギリス軍爆撃機を妨げる物は何もない。


 ――――


「ロンメル元帥!連合国による爆撃が開始されました!」


 フランスのアミアンに置かれたドイツ軍フランス方面司令所で、ロンメル元帥は報告を受ける。


「やはりノルマンディーに上陸してきたか。予定通りだ!防衛陣地は爆撃が終わるまで顔を出すな!耐えて上陸部隊を迎え撃つ!」


 ノルマンディー地方の海岸沿いには、強固な陣地を構築している。縦横無尽に掘られた地下壕や地下通路によって爆撃に耐え、連合国が上陸を開始するタイミングで撃破するのだ。


「しかし、上陸は阻止できないだろな・・・。上陸を許した場合に備えて、第二防衛陣地を強化しろ!周辺の部隊を集めるんだ!」


 ロンメルは周辺の部隊を集結させるように指示を出したが、既にそんな物は存在していない。あんなに精強だったドイツ軍機甲師団は、もう跡形も無いのだ。


 兵器の生産工場は爆撃によって破壊されてしまい、辛うじて完成した戦車や車両も輸送中に爆撃によって撃破されてしまった。日本軍は超高空を我が物顔で偵察機を飛ばしている。その偵察によって戦力配置は筒抜けになり、ピンポイントで正確に撃破されてしまうのだ。


 そして未確認情報だが、どうやら宇宙からも我々を監視しているらしい。宇宙空間を高速で移動する人工物が、50機以上確認された。我々の常識では考えられない事だ。


 おそらく、日本の偵察衛星だろうとのことだった。ドイツ軍でロケットの開発をしているヴェルナー・フォン・ブラウン博士は、涙を流して悔しがったという。


 この偵察機と偵察衛星によって、我々は丸裸にされてしまった。コンクリートの強固な掩体壕を作っても、爆撃によって破壊されてしまう。もはや、ドイツ軍にとって安全な場所など無かった。


 “ワルキューレ作戦か・・”


 ロンメルは、ベルリンでハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲル大将から打診された内容を思い出す。


 シュテュルプナーゲル大将からベルリン郊外の視察を要請されたロンメルは、用意された車に乗り込んだ。普通なら運転手がいるはずだが、今回はシュテュルプナーゲル大将自らが運転するとのことだった。


 ロンメルはその行動を訝しんだが、シュテュルプナーゲル大将から“ワルキューレ作戦”を打ち明けられて得心した。車の中なら盗聴の危険性が低いからだ。


『ヒトラー総統を暗殺し、連合国に無条件降伏をします』


 そう打ち明けられたロンメルは、返答の言葉が出てこなかった。ヒトラーは連合国に降伏などしないだろう。おそらく、ベルリンが陥落するまで戦い続けるはずだ。しかし、そんなことになれば多くの市民が犠牲になり、我がライヒは回復不能な損害を受けるだろう。おそらく戦後何十年にもわたって、ヨーロッパ最貧国になるに違いない。


 それを避けるためには、ヒトラーを排除し連合国に降伏するしか無いのだ。

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