第318話 エルヴィン・ロンメル

 1940年の11月頃から、日露軍はドイツとソ連の工場地帯への爆撃を強化していた。


 冬に入り地上部隊の進軍が止まったことと、九八式重爆撃機と零式戦闘攻撃機の機数が揃ってきたためだ。まず超高空から、零式戦闘攻撃機によって脅威となる敵高射砲を破壊する。安全を確保した後に、九八式重爆撃機によって工場や発電所を完膚なきまでにたたき壊すのだ。


 そして日露軍は、工場を爆撃する際には事前に爆撃目標と時間を独ソ政府に通知していた。さらに、当該地域に爆撃予告のビラを大量に蒔いている。


 独ソの工場では、戦時動員によって16歳以上の少年少女と成人女性が数多く働いていた。成人男性は兵士に取られていたため、女子供が主な労働力だったのだ。


 警告無しに爆撃を実行すると、そこで働いている女子供が犠牲になってしまうことに、天皇とアナスタシア皇帝が深い憂慮を表明した。その意向を汲んで、事前予告がされるようになる。


 当初こそ独ソ政府は積極的な避難をしなかったのだが、人的被害が無視できないレベルになったため、現在では爆撃の前に避難を実施するようになっていた。


 また、工場だけで無く、独ソ軍の地上部隊や滑走路、航空兵力への爆撃も徹底的に実施されていた。この攻撃によって、1941年3月末時点で独ソには、満足に動ける機甲部隊はもはや無かった。


 ――――


「それでは、1941年4月4日に再上陸作戦を決行します」


 東京とロンドン、そしてノウビィ・サンクトペテルブルク(ロシアの首都・サハリンにある)を結んだオンライン作戦会議によって、4月4日にヨーロッパ再上陸作戦が開始されることが決まった。


 英仏と協力してまずはドイツを降伏に追い込み、その勢いのままソ連を撃破するのだ。


 上陸部隊は、英仏軍を主力とした総勢47万人の実戦部隊と、150万人にも及ぶ兵站および工兵部隊で構成されている。


 日本軍の偵察によって、ドイツ軍の防衛状況は完全に把握済みだ。何処にどれだけのトーチカや塹壕があり、どれだけの兵力が配置されていて地雷原が何処にあるかなど、ありとあらゆる情報が精査されている。


 それも、当日の爆撃によってほぼ無力化する予定だ。


 その日は、刻一刻と近づいてくる。


 ――――


 1941年3月下旬 ベルリン


「総統閣下。分析によれば4月上旬にも英仏軍は上陸作戦を実行するものと思われます。場所はおそらくルアーブルからダンケルクまでの海岸です」


 陸軍元帥に就任したばかりのエルヴィン・ロンメルが、ヒトラーに報告をする。


「また、東部戦線はブレスラウ(ブロツワフ)にて膠着したままですが、春を迎えて動きが活発になっています。もし、東西の両方から攻められた場合には、非常に困難な状況になります」


 バルバロッサ作戦の失敗によってほとんどの上級大将が戦死し、ブラウヒッチュ陸軍元帥も体調不良を理由に退任していた。上が消えてしまったため、ロンメルがドイツ陸軍史上最年少で元帥に就任したのだ。


「ロンメルよ。大丈夫だ。安心したまえ。きみはきみの責務を忠実に果たせば良い。神は必ずや我々の味方をしてくれるよ」


 ヒトラーはそう言ってロンメルの肩に手を乗せて、優しい笑みを浮かべた。


 一年前のロンメルであれば、ヒトラーからこのように激励されれば感激の極みだっただろう。しかし今現在、我らがライヒ(故郷)は存亡の危機に立たされているのだ。そして、その危機に対してヒトラーは何ら解決策を示すこと無く、ただ漫然と住人の殺戮だけを命令している。


 ロンメルは、自分を激励するヒトラーに悲しげな視線を送った。


 ――――


「ロンメル元帥。ハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲル大将がお会いしたいとの連絡が来ております」


 総統府を退出したロンメルに、秘書官がメモを持って来る。


「シュテュルプナーゲル大将が?連合国のフランス上陸作戦についての話か?わかった。1時間後に私の執務室で待っていると伝えてくれ」


 カール=ハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲルは、現在フランス軍政長官(ドイツ占領地域のフランスを管轄)を務めている。近日中に実行されるはずの、連合国のフランス上陸作戦についてだろう。シュテュルプナーゲル大将には、フランスの海岸線に防御陣地構築を担当してもらっている。この防御陣地がうまく機能するかどうかで、ドイツの命運が決まると言って過言ではなかった。


 ――――


「失礼致します。ロンメル元帥閣下」



 ロンメルの執務室にシュテュルプナーゲル大将が入って来た。年齢は55歳とロンメルより少し年上だが、上官に対する礼を失することは無い。ユンカー(貴族)らしい堂々とした仕草でロンメルに敬礼をする。


「シュテュルプナーゲル大将。今日の用件はフランス沿岸防衛についてですか?この防衛戦には、大将の働きが要(かなめ)です。何なりと相談して下さい」

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