第317話 カーチス・ルメイ
高城蒼龍は、江青についてのレポートを読み返していた。
1914年生まれで享年26歳。女優をしていた頃は男性遍歴も華やかだったが、毛沢東と出会ってからは貞淑な妻として表に出ることはなくなった。毛沢東の行動に影響を与えていた形跡は無い。
「毛沢東を焚きつけたどころか、江青と結婚してからの毛沢東は性格も思慮深くなって国共合作にも応じている。一部地主の公開処刑をしていたようだが、これは毛沢東の意思と言うよりは、共産党指導部の決定によるものだったようだな。どう考えても悪魔が憑依しているようには思えないが・・・。でも実際に悪魔が憑依していたんだよな?リリエル」
「そうね。前にも言ったとおり、江青に悪魔が影響を与えている事が明確にわかったのは文化大革命の少し前よ。それまでは、私たちもほぼノーマークだったの。でも、文革の前から毛沢東は失政を重ねて数千万人の餓死者を出していたのね。それで調べたところ江青が毛沢東をそそのかしていたことがわかった。江青に悪魔が憑依していたのは間違いないわ」
「と言うことは、国共内戦が終了するまでは、江青は表だった活動をしていなかったと言うことだな。そして、これが江青を殺した青年のプロファイルか。蒋介石や国民党との接点は無し。事件を起こす直前まで、西安市で荷馬車の御者をしていたのか。あまりにも不自然だな。穿った見方はしたく無いが、この青年を悪魔が操って江青を殺し、毛沢東を復讐の鬼に仕立て上げたとするとしっくりくる」
江青に悪魔が憑依していたのかどうかは、今となってはもう解らない。しかし、現実に江青の死によって国共内戦は再開されたのだ。しかも、最悪の形となって。
――――
1941年3月初旬
南京郊外に到着したアメリカ陸軍戦略爆撃旅団は、さっそく共産党軍支配地域への絨毯爆撃を開始した。
攻撃目標は、カーチス・ルメイが独断で決めていた。彼はアーノルド陸軍中将からその権限を与えられていたのだ。
まずは、延安と西京、そしてその周辺の街に対して攻撃をしかけた。もちろん、爆撃の前には警告を出している。
『共産党軍に告げる。市民を楯にすることを止めてすぐに市街より退去せよ。退去しない場合は48時間以内に攻撃を開始する。攻撃まで猶予がある。退去しない場合は、非戦闘員を市街に避難させるように勧告する。万が一、非戦闘員に被害が出た場合は、全て共産党軍の責任である』
勧告を受けたが、当然市街への退去や市民の避難などは実施しなかった。共産党は市民のことを顧みることは無い。また、前線に食料や物資を送るため、支配地域では略奪を継続して行っており、共産党軍の撤退もあり得なかった。
そして、市民が避難しないことはアメリカ軍も織り込み済みだ。
非戦闘員への無差別攻撃は国際法によって禁止されている。しかし攻撃を予告し、十分な時間を与えて避難を促した上での攻撃であれば許容されるのだ。勧告に従わず、市民を人質にする共産党軍に責任があるとアメリカは主張した。
そして、数百機にも及ぶ戦略爆撃機は、人々の頭の上に大量の焼夷弾を投下し始めた。この焼夷弾は、簡易で密集した住居を効率よく燃やすために新開発されたものだ。もともと、日本と戦争になった場合に備えて開発された物だったが、これを中国で使用した。
そして、中国の地方都市には多くの貧民が、簡易な住居に身を寄せて生活をしていた。ルメイはその地域を集中的に焼夷弾で焼き払ったのだ。中国では、小規模な家屋で軍需物資を生産しており、そこを破壊し共産党軍の兵站を麻痺させるという建前だ。
アメリカ軍の攻撃が開始されて二週間、中国では80万人もの市民が無差別爆撃によって焼き殺されてしまう。
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「すぐにアメリカによる軍事支援を断り、共産党との対話を模索するべきです!」
中国国民議会で、孫文党の宋慶齢は悲痛な叫びを上げた。アメリカ軍の攻撃による被害を、中国国内では正確に報道していない。しかし、宋慶齢の元には、宇宙軍の高城蒼龍から“事実”が伝えられていたのだ。
宋慶齢は、議員達と蒋介石に写真を配った。そこには、焼け野原になった街と、消し炭になってしまった大量の人々が写っている。
その写真を見て、何人もの議員が口を押さえながら退出していった。場内はざわめくが、アメリカ軍の支援が無ければ共産党軍を押しとどめる事が出来ないことも皆知っている。今は、大事の為に小事を切り捨てるしか方法が無いのだ。
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「高城よ。アメリカ軍と中国共産党軍の暴虐をなんとか出来ないだろうか?」
宮城(きゅうじょう)に参内した高城蒼龍に対して、天皇は悲痛な面持ちで話しかける。宇宙軍が把握している情報は、ほぼ全て天皇にも伝えられており、その惨状を憂慮していたのだ。
共産党軍は次々に街を攻略し、あらゆる物を破壊し虐殺を行っている。そして、アメリカ軍は共産党支配地域の人口密集地に対して、無差別に焼夷弾を投下している。
この二週間での犠牲は、共産党軍とアメリカ軍によるものを合計すると、150万人を超えていた。
孫文党の宋慶齢からは、日本軍に介入して欲しいと内々に要請があった。しかし、ウラル戦線と東ヨーロッパ戦線を抱えている日本軍に、中国内戦に介入するだけの余力は無い。
国際連盟は、国民党・中国共産党・アメリカに対して、市民の犠牲を少なくするように勧告を出してはいるが、ドイツとの戦争を抱えておりそれ以上の事は出来なかった。
「陛下。無力な宇宙軍をお許し下さい。宇宙軍の実働部隊だけでは、この暴虐を止めることは難しいと言わざるを得ません。国連による平和維持活動が出来ないか検討しておりますが、いずれの加盟国もアメリカ軍と中国共産党軍との間に割って入いることを躊躇しております」
アメリカは現状国連加盟国ではない。そして、中国政府の正式な要請で内戦に介入しているのだ。国際法的にも道義的にも、この行動を止めることは出来なかった。
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