第316話 毛沢東
延安に駐留していた中国共産党軍は、全戦力を持って国民党軍とその支配地域へ進軍を開始した。その140万人にもおよぶ兵力が、延安から150kmほど南にある西京(西安市)になだれ込んだのだ。
西京は、江青を殺した青年の出生地であり直前まで居住していた街だった。
西京を守備していた国民党軍は6万人程度だった。共産党との内戦も終了し、もはや大規模な戦闘は無いと思っていた国民党軍にこの大軍を押しとどめる事などできず、短時間で市の中心部に押し込まれてしまった。
そして共産党軍の目的は、占領地域の拡大や共産主義の実現などではもはや無い。毛沢東の号令の元、西京に存在するあらゆる“モノ”の徹底的な破壊が命じられた。その“モノ”には、そこに住んでいる老若男女も当然含まれている。毛沢東は、最愛の妻を殺した男を育てた街の全てを、許すことが出来なかったのだ。
そして、最終目標は蒋介石を“殺す”ことと定められた。
西京の中心部には、東西4.5km、南北2.5kmを長方形で囲った城壁がある。これは、明の時代に建築された高さ12mにもおよぶ強固な城壁だ。国民党軍と市民は、皆この城壁の中に避難し立てこもった。
しかし、怒りと復讐に燃えた毛沢東率いる共産党軍の前に、そんな城壁は何の役にも立たない。
たったの数時間で城壁を破った共産党軍は、ほぼ全軍が城内になだれ込み、そして殺戮を開始したのだ。
国民党軍6万人と市民20万人は逃げ惑った。子供だけでも助けて欲しいと懇願した。しかし、激しい怒りに囚われた毛沢東の前にその望みは叶えられることは無い。
その日、西京城の中は殺された人々の血で地面の全てが赤く染まった。もし地獄が存在するのであれば、それはここ西京のことだろうと誰もが言っただろう。しかし、地獄は西京だけにとどまらない。
――――
中国総選挙の結果、議席の45%を国民党が、30%を孫文党が、25%を共産党が獲得していた。そして、国民党と孫文党の連立政権が樹立すると誰もが思ったところに、共産党の“反乱”が伝えられた。
この事態を受けて、臨時憲法の規定に従い共産党の議席は凍結され、国民党一党での単独政権が樹立することになった。
そして、アメリカに対して国共内戦への介入を、蒋介石は正式に要請したのだ。
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ホワイトハウス
「大統領。蒋介石から国共内戦への支援要請が来ています。従来の武器の支援や義勇軍だけではなく、直接武力介入をして欲しいとのことです」
国務長官のハルが、ルーズベルト大統領に報告をする。
「なにを今更だな。蒋介石は私が落選すると思っていたのだろう。共和党に乗り換えようとしていたくせに、都合が悪くなればそれも忘れてしまったのか?もうろくするにはまだ早いだろう」
「まあしかし中国が赤化してしまうのは、やはり許容できないでしょう。されど、米軍を投入して戦死者が多数出ることも避けたいところです」
「その通りだ、ハル国務長官。今日は、その対応策を用意しているのだろう?」
「はい、それについてはアーノルド陸軍中将から説明をさせていただきます」
ハル国務長官は、内線電話で待機しているアーノルド陸軍中将を呼ぶ。
「大統領閣下。これが国民党支援策になります」
アーノルド陸軍中将は、中国大陸の地図を広げて説明を始めた。
「南京近郊の飛行場にB17重爆撃機220機と、開発されたばかりのB29重爆撃機30機を進出させます。この爆撃機隊によって、共産党軍の頭の上に無数の爆弾を降らせます。これで、我が軍に損害を出すことなく共産党軍の進軍を止めることができるでしょう」
「なるほどな。これだけの戦力で爆撃を加えれば共産党軍に大損害を与えることができるか」
「はい、大統領。共産党軍はソ連からの支援も止まっており、戦闘機も高射砲もほぼありません。安全な高空から毎日何回も爆撃してやります」
「よし。それでは早速取りかかってくれ」
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「ルメイ大佐、きみのプランが採用されたよ。すぐに爆撃機隊を率いて中国に向かってくれ」
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延安にて、江青を暗殺した青年の死刑執行が行われた。処刑方法は古式に則り“凌遅刑”が採用された。※体を刃物で少しずつ切り落とす処刑
「俺はそんな事をしていない!蒋介石にも会ったことが無いんだ!気がついたらこんな所にいたんだよ!信じてくれよ!」
江青を暗殺した青年は、取り調べの際には明確に“蒋介石の命令”で実行したと証言したにもかかわらず、翌日には全く記憶が無いと証言を翻したのだ。裏付け捜査でも、この青年が南京に行ったことは確認できなかった。さらに、国民党との接触すら確認できなかったのだ。
まるで何かに憑依されていたかのようだった。
取り調べを行った共産党員はみなそう感じたのだが、だからといって暗殺を実行したことは間違いなく、今更国民党と関係が無いという報告も毛沢東に伝えることは無かった。もし、その報告を毛沢東が聞いたとしても、それを信じることは無かっただろう。毛沢東の心は、蒋介石に対する憎しみで満たされていたのだから。
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