第314話 中国総選挙

1941年2月


 中国の命運を決める選挙戦が始まった。


 国民党

 共産党

 孫文党


 主な有力政党はこの3党だ。下馬評では国民党が第一党になるのではと言われているが、急遽現れた孫文党がダークホースとして、支持率を急上昇させてきた。


「一農家に一台の耕耘機を貸与します!政府が耕耘機を調達して、3年間無償で貸与します!これで、農業生産が向上し、みんなが豊かになれます!政府からの貸与なので、地主や金貸しに取られることはありません!孫文党と一緒に、みんな豊かになりましょう!」


 この時代、中国大陸に於いて農業機械の普及はほぼ皆無だった。漢口等のアメリカ資本の多く入っている地域に於いては、ある程度の工業化が進み近郊農業において農業機械が使われ始めてはいるが、それはほんのごく一部だ。


 宋慶齢の出馬に当たって、宇宙軍は水面下で最大限の支援を行った。満洲歌劇団の姉妹劇団「天津歌劇団」が数年前に結成して中国大陸で活動していたのだが、この劇団を動員して各地で孫文党の支持を集める活動をしたのだ。


 美しく着飾った女性達が、きれいな歌声と共に孫文党の政策を披露する。孫文党に投票すれば、みんな豊かになれると言う。まるでその言葉は、魔法のように人民に浸透していった。


 天津歌劇団は各地に団員を派遣し、候補者と共に歌や踊りを人民に披露した。午前の公演が終わったら隣の町に移動して午後の公演を行う。そして翌日は隣の市に言って公演を行うのだ。信じられないくらいのハードスケジュールであったが、劇団員は良く耐えた。どんなに疲れていても、一度舞台に立てばそんな疲れは少しも見せない。彼女たちはプロフェッショナルなのだから。


 彼女らの移動には、リチャード・インベストメント・チャイナが寄付した大量の自動車が使われている。乗り心地のよい大型のワゴン車が用意され、移動中、彼女らはゆったりと体を休めることが出来ていた。


 そして、ワゴン車に候補者の名前と顔を印刷した「選挙カー」を数千台用意して、全国に派遣した。街頭演説を行い、拡声器を使って支持を訴えたのだ。


「孫文党!孫文党をよろしくお願いします!革命の父、国父、英雄である孫文が認める唯一の政党は孫文党です!孫文党に投票して、みんなで豊かになりましょう!」


 これら宇宙軍から指南を受けた選挙活動の効果は絶大だった。ほとんどの中国人は文字を読むことが出来ない。いくら新聞やチラシで訴えても、その効果は限定的だったのだが、視覚と聴覚に訴えかける孫文党の活動は、人民の心を鷲づかみにした。


 ――――


「孫文党だと!ふざけた党名を付けよって!孫文先生はこの国民党の創始者だぞ!それを未亡人だと言うだけで勝手に使うとは!」


 急激に支持率を伸ばしつつある孫文党に対して、国民党の蒋介石は怒り心頭だった。共産党との内戦を戦い抜いたのはこの国民党だ。中国を守ってきた政党と言って過言ではない。それなのに、孫文先生の未亡人という立場を利用して票をかすめ取ろうとするなど、言語道断であった。


「美齢(宋美齢・蒋介石の妻・宋慶齢の妹)!お前の姉をなんとかしろ!なぜ我々の邪魔をするんだ!」


 蒋介石もそうは言ってみたが、妻の宋美齢がどうこう出来る問題でも無い事を知っている。しかし、世論調査では25%もの支持率を孫文党は集めており、さらに上昇していた。このままでは孫文党が第一党に躍り出るのではないかという分析すらある。


 ――――


「孫文党か・・」


 毛沢東は街頭演説を終えて、休憩用の天幕に戻っていた。そして、孫文党が躍進しているという新聞を読んで、感慨深くつぶやいた。


 毛沢東は、1924年には第一回国民党全国代表大会に出席し、国民党中央執行委員会の候補委員にも選出されたことがある。この頃の「第一次国共合作」の時には、共産党員でありながら国民党の執行委員会に参加するなど、孫文指導の下、国民党と共産党との宥和が模索されていたのだ。


「青(せい)(毛沢東の妻)よ。孫文党をどう思う?私も革命の父孫文先生を尊敬している。しかし、孫文党は孫文先生ではない。私は孫文先生の“民生主義”に強く共感しているが、孫文党の主張する民生主義は農地の私有を認めるなど十分とは言えないと思うのだがな」


 妻の江青は熱いお茶を入れて毛沢東に持ってきた。そしてそれをテーブルの上にそっと置く。


「演説で喉がお疲れでしょう。お茶を飲んで潤してください」


 優しい妻が、自分の体をいたわってくれている。こんなにも献身的に尽くしてくれて、そして聡明な妻。選挙活動についても、かなりの知恵を出してくれた。女優だった江青は人の心を掴む技術に長けている。毛沢東と江青の行くところ、そこはどこも大勢の聴衆で埋め尽くされていた。それは全て江青の演出のなせる技だったのだ。


「毛同志、良いではないですか。焦る必要はありません。マルクス先生も、資本主義の進化の先に共産主義があると説いています。この総選挙で第一党になれなかったとしても、孫文党と連立を組んで共産主義の理想を実現すれば良いでしょう。人民は、必ず共産主義の科学的優位性に気付きます」


 そして、運命の日がやってきた。

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