第310話 ワルシャワ蜂起(8)

「人を探しています!日本の兵隊さんです!だれか、ロシア語のわかる人はいませんか?」


 元王宮に避難してきた市民の中に、濃緑色のスカーフを振りながら人を探している少女がいた。斉藤に助けられたハンナだ。


「どうしたんだい?」


 そこへ、避難民の手当てをしていた衛生兵が来て声をかけた。


「あの、私たちを助けてくれた兵隊さんを探しています。王宮に着いたらこのスカーフを必ず返せって言われたんです」


 ハンナは少し申し訳なさそうな顔をして、日本兵に事情を話した。忙しくしている兵隊さんの時間をもらうのは、やはり気が引ける。しかし、このスカーフを必ず返せと言われた事もあるし、なにより妹の状態を知りたかったのだ。


「熊のような兵隊かぁ。そりゃあ、第一空挺団の斉藤少佐じゃないかな?第一空挺団はこの王宮の守りを固めているから、まだ戦闘中だろう。俺が預かって返しておこうか?」


 この衛生兵は親切心から代わりに返そうかと言ったのだが、どうにも空気が読めていないようだった。


「い、いえ、あの、そこまでお手を煩わすわけには・・・・、それに、直接返せって言われたので・・・・・」


「そうなのかい?近辺の敵を掃討するまではこっちには来ないと思うな。とりあえず、あっちの救護所で水と食料を配っているから、腹ごしらえしながら待っているといい」


 焦ってもどうしようも無いので、ハンナは水と食料をもらって待つことにした。


 王宮の数カ所で、避難民へ水と食料が配られていた。緑色の輸送ヘリが次々に物資を下ろしている。遠くから銃声や爆発音は聞こえているが、自分はなんとか生き残ることが出来たんだと実感できた。


 避難民の中には、普通のワルシャワ市民と明らかに違う人たちも多く居た。薄汚れたシャツを着ていて、みんな骸骨のように痩せている。ゲットーに閉じ込められていたユダヤ人達だ。12月の寒空だというのに、多くの人が裸足で服も薄手のシャツを1枚着ているだけだった。


 日本軍もさすがに履き物までは用意していなかったようで、大きなシートを敷いてそこに移動させていた。土や石の地面よりはかなりましだろう。そして毛布が配られみんなしゃがみ込んでいく。立っている体力もなさそうだった。


 そんな光景を横目に見ながら、ハンナは水とパンを受け取ってそれを口にした。相変わらずすさまじい臭気は漂っているが、空腹には耐えられなかった。


「イレナ・・・・」


 ――――


「市街の7割を確保しました。ドイツ軍残存部隊は、市街北部の空港を拠点にして抵抗しています」


 ワルシャワ攻略戦が開始されてから、既に48時間が経過していた。日露軍の機甲部隊も攻め込み、優勢に市街戦を行いながらドイツ軍を駆逐していったが、それでもある程度の損害を出している。


 石やレンガ造りの丈夫な建物が多く、その中にドイツ兵は隠れて攻撃を仕掛けてくる。建物の中までは、さすがの“アルテミスの女神”でも見通すことは出来なかった。


「それにしても、第一空挺団の獅子奮迅の戦いはすごいな」


 阿南(あなみ)は腕を組んでモニターを見ながらつぶやいた。


「48時間、ほぼ休まず戦闘をこなしていますからね。優先的に補給を回しているとは言え、常軌を逸しているとしか思えませんな」


 参謀の佐久間は、第一空挺団の戦闘能力を過小評価していた事を斉藤少佐に申し訳なく思っていた。とはいえ、この戦い方は人間にできる限界を遥かに超えている。第一空挺団にまつわる“都市伝説”は真実だったのだと改めて思った。


「佐久間参謀もそう思うか。この作戦を立案したときには、最終的には勝利するだろうがかなりの損害が出ると思っていた。特に先陣を切る第一空挺団は全滅に近い損害が出てもおかしくは無い。しかし、蓋を開けてみればどうだ。確かに戦死者もでているが、戦況は圧倒的といって間違いはない。これだけの師団に仕上げた斉藤少佐の功績だな」


「そうですね。第一空挺団の訓練は、“二百三高地を1人で攻略する方がまだまし“と言われているそうですよ。どんな訓練なのか興味がわきますな」


「佐久間参謀、第一空挺団の訓練に興味があるのか?それなら次の訓練に参加してみると良い。手配はしておくぞ」


「阿南中将、勘弁して下さい。戦場で死ぬならともかく、訓練では死にたくないですな。ハハハ」


 ――――


 ワルシャワ攻略から72時間


 市街のドイツ軍をほぼ駆逐し、ワルシャワの解放に成功した。


「よおっ!ハンナ、生きてて良かったぜ!」


 斉藤は自分を探している少女がいると聞き、避難所まで足を運んでいた。


「ああ、斉藤さん、よかった、生きてて」


「あったりめーだろ。俺が死ぬなんて事は天地がひっくり返ってもありえねーよ。それより怪我はないか?」


「ありがとう、私は大丈夫。斉藤さん達のおかげで、多くの人が無事に逃げることが出来たわ。本当にありがとう。世界は、まだ私たちを見捨てていなかったんだって・・・・、救ってくれる人たちがいたんだって・・・・・嬉しかった・・・・」


 ハンナは鼻声になりながら斉藤を見上げている。そして、斉藤から預かっていたスカーフを渡した。


「約束、守ってくれたんだな。そうだ、妹さんだが、今は地中海だ。海軍の病院船で治療を受けているそうだ。まだ意識は戻っていないみたいだが、峠は越えたらしいぞ」


 妹の消息を聞いたハンナは、嬉しさのあまり斉藤に抱きついた。顔を斉藤の胸に埋めながらボロボロと涙を流す。


「ありがとう、ほんとうにありがとう・・・・」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る