第307話 ワルシャワ蜂起(5)

「第一空挺団第四第五第六中隊は王宮までの道を確保しろ!俺たちは殿(しんがり)を務める!」


 斉藤は無線で隷下の各中隊に命令を出す。避難民の足は遅い。道中の安全の確保と最後尾での殿は必須だが、それ故危険も伴うのだ。それでも、自分たち以外に彼らを守ることの出来る力は存在しない。


「ええっと、嬢ちゃん、避難民の誘導を頼む。王宮までの道はわかるな」


「ハンナよ。わかったわ。みんなを王宮まで誘導する。それと、妹を、妹のイレナを助けて欲しいの。お願い」


 ハンナは斉藤を見上げて、妹を助けて欲しいと懇願する。ハンナのその顔は、煤(すす)と血でどす黒く汚れていた。


 斉藤はイレナの傍らに座り、首に手を当ててバイタルを確認する。続いてイレナの頬を思いっきりつねって刺激を与えた。すると、イレナは少しだけ顔をしかめることが出来た。


 “意識レベルはⅢ-2と言ったところか。これだけ反応があれば、助かる可能性はあるな”


「こちら斉藤少佐だ。負傷者を搬送したい。民間人と空挺団の隊員10名くらいだ。ヘリを回してもらうことはできるか?」


 斉藤はインカムでアルテミスの女神にヘリの依頼を出す。情報提供だけでは無く、こういった救援対応にも当たってくれる、本当に頼りになる女神達だ。


「了解しました。B630交差点に着陸が出来ます。ここにヘリを向かわせるので、負傷者を運んで下さい。斉藤少佐の現地点から300m東です」


「わかった。助かるぜ」


 斉藤は近くに居る部下に、負傷者をB630交差点に運ぶよう指示を出す。そして、頭を負傷しているイレナに対しては、折りたたみ式のストレッチャーを用意して運ぶことにした。


 陸軍空挺団には、十分な救護活動ができるだけの衛生部隊が随伴している。この衛生部隊は、ただの医療班という訳では無い。ほぼ全員、一線級の戦闘力を有した猛者達だ。その猛者達に、さらに医療技術を身につけさせ、最前線での応急手当や簡易手術までこなせるようにしている。彼らは、空挺団兵士達の上位互換と言って良い、頼れる存在なのだ。


「ハンナ、心配するな。妹は俺たち日本軍が必ず助ける。だから、お前は避難民を確実に誘導するんだ。慌てず急いでしっかりとな!」


 そう言って斉藤は自分の襟元に巻いていた濃緑色のスカーフをハンナに渡した。


「これは?」


「これで顔を拭きな。そして、生きて王宮まで行くんだ。で、俺たちも王宮に行くからその時に返してくれ。それは陛下からお預かりしている大事なスカーフなんだよ。だから、絶対俺に返すんだぞ。いいな!」


 斉藤は笑顔をハンナに向ける。そして早く行くようにハンナの肩をたたいた。


 ハンナは無言で大きくうなずく。お礼を言おうと思ったが、こみ上げてくるものがあり言葉に出すことが出来なかった。そして、生きている仲間を集めて避難民の方に向かって駆けだしていく。


「安全を確保したら残弾の確認をしろ!少ない者は補給要員から受け取れ!避難民の動きは遅いぞ!これからが本当の地獄だ!」


 タクティカルベストと背嚢に30発弾倉を10個入れてあるが、毎分600発撃つことができる自動小銃ではあっという間に使い果たしてしまう。しかも、連射を続けた場合は銃身の摩耗が進み、銃身交換もしなければならない。戦場での装備の点検は、生死を分けることがある。


 ここに来るまでに、部下の何人かは脱落している。衛生部隊に任せては居るが、現状生死は不明だ。出来るだけ損害を出したくは無いが、これからは避難民の足に合わせた移動になる。今まで以上に困難な闘いになることは目に見えていた。


「斉藤少佐、西のボルスカ通りから装甲車16歩兵200が接近、距離1200」


「了解だ!何としても避難民を王宮まで送り届ける!女神さんよ!案内を頼むぜ!」


 ――――


「何としても鎮圧しろ!これは日本軍の機甲部隊と連携しているはずだ!必ず機甲部隊が押し寄せてくるぞ!それまでに市街の敵を排除するんだ!」


 第36SS武装擲弾兵師団のティレヴァンガー師団長は、金切り声のような大声を上げて部下に指示を出す。このワルシャワには、自分たち以外の師団も駐屯しているのだが、妨害電波で無線は使えずどういう状況かは解らない。ポーランド国内軍だけなら十分に対応が出来た。事実、連中はしっぽを巻いて地下下水道に逃げていったのだ。我々ドイツ軍は強い、はずだった。


 しかし、まさか我々ドイツ軍が支配する市街地にパラシュート降下など、いったい誰が考えるというのだ?降下中に撃たれる危険もある。市街にバラバラに着地した部隊は、地上で各個撃破される可能性がある。


 それなのに、そんな無謀な作戦を連中は実行したのだ。そして、その兵士達は一人一人が中隊にも匹敵するのでは無いかと思えるほどの戦闘力を持っている。


 こんなことがあって良いはずは無いのだ。


「前進だ!この向こうに避難民が大量に居るという情報が斥候からもたらされた!こいつらを皆殺しにするぞ!」


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