第306話 ワルシャワ蜂起(4)
ワルシャワ市街地の何カ所もの場所で、多くの避難民が逃げ惑っていた。日露の攻撃ヘリは順次その防衛に当たっているのだが、避難民の数が多く、また、次から次へと湧き出るドイツ軍に対して機数が足りていない。
「900m前方グルチェフカ通りに3,000名前後の避難民。バリケードで応戦していますが持ちこたえられそうにありません」
「了解した!すぐに向かう!行くぞ!野郎ども!たった900mだ!3分で駆け抜けるぞ!」
斉藤肇(さいとうはじめ)少佐は部下に指示を出して走り出した。900m先に我々の力を必要としている人たちが数多くいる。教練なら2分と少しで走り抜ける距離だ。しかし、合計30kgの装備を背負い、さらに敵を排除しながら前進するのでとても3分で到着することは出来ない。だが、足を止めることは出来ないのだ。すぐそこに、多くの女子供が生命の危機に直面し、我々の到着を待っているのだから。
通りに現れるドイツ兵を次々に撃退していく。敵を見つけたら、最前列を走る20人くらいが一斉に射撃をする。一人が1秒間に10発程度発射するので、その総弾数は1秒間に200発だ。30発入り弾倉を撃ち尽くしたらバディーと前後を変わり、2列目に下がって弾倉を交換する。それを繰り返しながら、まるで無人の野を駆けるがごとく斉藤達は疾走していった。
「30m先のF33交差点左、建物から10名の敵兵が出て来ました。待ち伏せです」
そして、敵の人数や装甲車の位置をアルテミスの女神が正確に教えてくれる。
“頼りになる女だぜ!”
戦場に於いて最も恐ろしいことは、敵の情報が無いことだ。何処にどれほどの戦力があるのかが解らなければ、五里霧中で戦わなければならない。しかし、我々には女神がついているのだ。戦場で、これほど頼もしいことはなかった。
「待ってろよ!もう少しだ!」
――――
「お願い!早く来て!」
バリケードでなんとかドイツ軍の攻撃を防いでいるが、ハンナ達に残された弾丸も少なくなってきた。そして、一緒に戦っていた仲間達も次々にドイツ軍の銃弾に斃れていった。ドイツ兵は70mくらい先まで前進してきている。彼らとの間の道路には、逃げ遅れてしまった母親と子供、足の遅い老人達の死体が転がっている。守り切れなかった人々。でも、自分の後ろにはまだ何千人もの守らなければならない人たちがいる。
「えっ?」
すぐ横で小銃を撃っていた妹のイレナが“ドサッ”という音と共に倒れてしまった。そして、頭から血を流していて意識が無い。
「イレナ!イレナ!しっかりして!お願い!死なないで!」
ハンナはイレナの体を抱き起こそうとするが、妹の体には力が無くとても重たく感じてしまった。
「ハンナ、射撃を止めるな!みんな死ぬぞ!」
傍らの男が叫んだ。今は、一人でも射手が欲しい。少しでも反撃をしていれば、それだけ生き残る可能性が高くなる。今の小銃弾の一発は、避難している人たちの命一つに等しいのだ。
「ごめん、イレナ・・」
ハンナはイレナの体をゆっくりと地面に置き、再度銃を構える。イレナが持っていた銃は、銃弾を運んできた12歳くらいの少年が手に持ち、ドイツ兵に向かって撃ち始めた。
みんな必死だ。みんな生き残りたいのだ。みんな同胞を守りたいのだ。
ハンナは涙を流しながら引き金を引く。迫り来るあの悪魔から同胞を守らなければならない。妹の消えかかっている命を繋ぎ止めなければならない。
「手榴弾だ!伏せろ!」
元ポーランド軍人の初老の男が叫んだ。30mくらいまで近づいてきたドイツ兵がM24手榴弾を投擲したのだ。ドイツ兵の手から離れた手榴弾は、まるでスローモーションの様にゆっくりと回転しながらこちらに向かってくる。そして、それはハンナのすぐ横に落ちて止まってしまった。
手榴弾はピンを抜いてから3秒程度で爆発をする。30mの距離を飛んでいる間に2秒以上は経過しているので、もうこれを投げ返したりする時間は無かった。
“死ぬ”
ハンナがそう覚悟をしたとき、傍らにいた初老の男がその手榴弾に覆い被さったのだ。そして爆発。
大きな爆発音と共に、その男の体が一瞬膨らんだような錯覚に囚われた。そして、ハンナの顔に“ビチャ”と生ぬるいどろどろとしたものが飛び散ってくる。
投げ込まれた手榴弾は複数有り、バリケードの端で爆発をしてそこを守っていたパルチザンを吹き飛ばしてしまった。
そして今、ドイツ兵に向かって反撃をしているのは、イレナの銃を撃っている少年だけだった。
「無理よ・・・もう、みんな死ぬ・・・」
反撃が少なくなったため、ドイツ兵が少しずつ近寄ってきている。
「ああ、神様・・・・」
ハンナが何もかも諦めそうになったその時、目の前のドイツ兵が突然吹き飛んだ。
通りで激しい爆発が起こり、前進していたドイツ兵が宙に舞ったのだ。そして、その一部がバリケードの上にバラバラと落ちてきた。続いて、タタタタタッというすさまじい速度の連射音が聞こえてきたのだ。
爆発の煙が晴れて正面の通りが見えるようになると、ドイツ兵の何倍もの兵士が左の路地から通りに出てきて、ドイツ兵と自分たちの間に割り込んできていた。
ハンナにはすぐに解った。援軍だ。
「おい!だれかロシア語のわかるヤツはいるか!?」
一人の日本兵がバリケードに駆け寄ってきて、大声で叫んだ。その兵士は、身長190センチはあろうかという巨躯で、まるでヒグマのようだった。
「解るわ!私はロシア語ができる」
「よし、じゃあ、避難民を王宮まで移動させる。道は我々が確保するから市民の誘導を頼む」
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