第305話 ワルシャワ蜂起(3)

「クソッ!日本軍は何で正確に我々の位置がわかるんだ!」


 日本軍の空挺団を迎え撃つために派遣した部隊は、ことごとくその途中でオートジャイロによって攻撃されてしまう。運良く指定された地点に到着しても、必ず待ち伏せに遭い全滅していた。


 空には日本軍のオートジャイロが飛び回っているが、これらは地上攻撃に専念しているため索敵行動を取っているようには見えない。さらに、今日は低い雲が垂れこめているため、あの高高度偵察機も役に立たないだろう。


 それなのに、こちらの部隊行動がリアルタイムに把握されているとしか思えないのだ。


「建物の屋上か?そうだとしたらいつの間に?」


 第36SS武装擲弾兵師団のティレヴァンガーは、建物の屋上を確認するよう部下に指示を出した。


「師団長!空に何か飛んでいます!」


 その時、ティレヴァンガーの傍らにいたブラント中尉が、空を指差しながら叫んだ。


「何かとは何だ!正確に報告しろ!」


 ティレヴァンガーは、苛立ちを隠そうともしない。そして、中尉の指差した上空を見上げてみるが何も見えなかった。この上空には丁度日露軍のオートジャイロも見えず、そのローター音だけが聞こえている。


「あそこです!点の様に小さい物体が静止しています!」


 ティレヴァンガーは目を細めて注意深く空を見た。すると、確かに静止している“何か”が見える。


「あれは・・・何だ?」


 それは小さすぎてどのくらいの高さを飛んでいるのかもわからない。形も、正方形をしているような気もするが正確にはわからなかった。


 腰の双眼鏡を取り出して確認しようとするが、倍率が8倍もあると見つけることが出来ない。周りの部下達も双眼鏡で見上げているがなかなか見つからないようだった。


 ティレヴァンガーが双眼鏡を諦めて肉眼で見ていると、その物体は北の方角に向かって急に加速をした。そして見失ってしまう。


「日本軍の偵察機・・・なのか?」


 ――――


「クラシンスキエゴ交差点西50m敵歩兵20戦車2」


 斉藤はインカムから聞こえてくる“女神”の声を聞きながら、自身の隊を率いて疾走していた。


 今日はあいにく曇天なので、U-2偵察機による索敵は行えない。ヘリを索敵に当たらせた場合は、地上からの対空攻撃によって損害のでる可能性が高い。そこで、今回初めて空挺団とドローンを連携させた市街戦を実行することとなった。今までは、ドローンが事故などで敵に渡ることを恐れ、限定的にしか使用していなかったのだ。


 今回投入されたドローンは、2ストロークの50ccエンジンを搭載したモデルだ。このエンジンは草刈機にも使用されていて、信頼性は非常に高い。そして、このエンジンで発電をし、四つのプロペラをモーターで駆動している。


 全長は90cmほどだが、中央の本体部分は30cm四方と非常にコンパクトになっており、被発見率を下げている。そして上空300m付近に滞空し、地上の様子を衛星経由で宇宙軍本部に送っているのだ。その映像を受信した宇宙軍の“アルテミスの女神”部隊が分析をし、敵の位置を音声とデータで前線部隊に伝えている。


 この連携によって、斉藤達は正確に敵の位置を把握し効果的な戦闘が出来る。自身の位置は、交差点を通過する度に、どの交差点をどの方向に移動したかを伝えている。GPSが実用化されていればもっと効果的な運用が出来るのだろうが、残念ながら高軌道への衛星投入が出来るだけのロケット開発が間に合わなかったのだ。それでも、上空からの“目”がある事によって、常に有利な位置で戦うことができる。


 ――――


 グルチェフカ通りに築いたバリケードで、ハンナ・ディデックは仲間達と必死の防戦をしていた。このバリケードの後ろには数千名の避難民が残っている。この人達を見殺しにすることは出来ない。その想いだけで、迫り来るドイツ兵にアイアンサイトを合わせて引き金を引く。


 去年ワルシャワが占領されたときの戦闘で父親と母親は殺された。ユダヤ人ではなかった為通常の生活を許されたが、ワルシャワから移動することは出来ず、ドイツ軍向けの縫製工場で働かされていた。自分たちの生活を破壊し、父と母を殺した連中のための服を作らされているのだ。


 そんな、塗炭の苦しみに耐えながら1年以上が過ぎ去った。外からの情報は全く入ってこない。このまま世界はドイツに占領されて、こんな生活が永遠に続くのだろうかとも思っていた。


 しかし、そんな苦しみを打ち破る朗報がもたらされたのだ。


 ポーランド国内軍が蜂起した。地下下水道をつたってワルシャワ市街の中心部に現れた味方の軍隊は、たちまちにドイツ軍を追い払ってしまった。通りのあちらこちらには、ドイツ兵の死体が転がり、皆歓喜の声を上げていた。これで自由になれると。


 ポーランド国内軍は市民に銃と手榴弾を配り一緒に戦うように指示を出した。そして、私と17歳の妹も銃を手に取って一緒に戦った。民族のために、殺された父と母の為に、なにより自分と妹のために。


 しかし、その優勢は長くは続かない。郊外から続々とドイツ軍が集まってきたらしく、装甲車や戦車によって構築したバリケードは次々に撃破されてしまったのだ。そして、劣勢になった味方の軍隊のほとんどは“来たる日のために戦力を温存する”と言って、地下下水道に逃げて行ってしまった。私たちやワルシャワ市民を置き去りにして。


 それは絶望的な戦いだった。元々ポーランド軍の軍人だったという初老の男性が、銃を使える者を集めて応戦に当たったが、数と装備に勝るドイツ軍は徐々に私たちを追い詰めていく。そして、この最後のバリケードでなんとか一時的に持ちこたえている状況だった。だが、もはや全滅は避けることが出来ない。誰もがそう思った。


「♪ポーランドは未だ滅びず

 我らが生きる限り

 外敵が力で奪い去りしものは

 剣をもって奪い返さん♪」


 それは突然だった。空から、愛するポーランドの国歌が聞こえてきたのだ。今では歌うことを禁じられた私たちの歌。心臓の鼓動が一気に加速した。


「我々は日本軍です。市内にパラシュート部隊が降下し、市民の救出にあたります。もう少しの辛抱です。もう少しだけ持ちこたえて下さい」


 ポーランド国内軍から、日本とイギリスがドイツと戦っていることを聞いていた私たちは、その放送に歓喜した。日本は私たちを見捨てなかったんだ。


「味方の増援よ!もうすぐ来てくれるわ!それまでここを死守するのよ!」


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4月19日(金)は臨時休載します。


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