第300話 オタワ宣言
1940年11月13日
カナダ オタワ
ここに、イギリスからジョージ六世とチャーチル首相、ロシア帝国からはアナスタシア皇帝夫妻とニキータ・メンジンスキー首相、そして日本からは天皇と鈴木貫太郎首相が集まっていた。
今次大戦の終結に向けた宣言をとりまとめるためだ。
もちろん宣言の内容は既に決定されており、このオタワ会議はセレモニー的な要素が強い。
オタワ宣言(抜粋)
・ドイツおよびソ連が無条件降伏を受け入れるまで、連合国は攻撃を止めることは無い
・旧ソ連地域の、白ロシア・ウクライナ・ジョージア等の民族自治区は独立する
・ヨーロッパの国境線は、1935年当時の状態に戻す(一部例外あり)
・戦争犯罪人の処罰
・ヨーロッパ諸国の海外植民地の放棄
・ドイツ降伏後は、イギリスは対ソ戦に参戦する
※日本はアメリカから要求のあったシベリアの放棄について、連合国の連名でこれに反対する声明を出したかったのだが、イギリスの反対で宣言には盛り込まれなかった。
この宣言は“オタワ宣言”と称され、三カ国の連名でドイツとソ連に突きつけられた。
そして、その晩餐会。
「迪宮(みちのみや:天皇の幼名)、本当に会えて嬉しいよ!きみから親書をもらって以来、この日を待ち望んでいたんだ!」
ジョージ六世は満面の笑みを浮かべて天皇にハグをし、右・左・右とその頬にキスをした。天皇はジョージ六世のチークキスに少し驚きながらも、それに合わせる。
「アルバート、私も会えて嬉しいよ!三カ国がこうやって手を取り、世界平和の為の重要な役目を担えるなんて素晴らしいことだ」
二人は握手をしたまま話を続ける。人類にとって自由と平等、そして平和がいかに重要であるかを語り会った。この戦争を早期に終結し、恒久的な世界平和を実現させる為に全霊をかけることを誓う。
「まるで恋人のようね、お二人さん。こんな素敵な女性が居るのに放置するなんて、何かの新しい遊びかしら?」
見つめ合ったまま語り会う二人を見かねて、アナスタシアが話しかけた。
「おっと、これは失礼。ロマノヴァ皇帝陛下。5年前の夜会以来ですね。相変わらずお美しい」
※ロマノヴァ皇帝 アナスタシア皇帝の事。ロマノフの女性形
「あら、私の事は“アナスタシア”って呼んでくださらないの?アルバート。私たちは“TOMODACHI”でしょ?」
「ははは、その通りですね、アナスタシア。失礼しました」
※アナスタシアとジョージ六世は、共にヴィクトリア女王(英)の曾孫であり親族
戦時中とはいえ、三人は笑顔で未来を語りあう。全ての子供たちのためにも、必ず平和で安定した世界を築くのだと。
――――
「ふう、やっと晩餐会も終わったか」
イギリス首相のチャーチルは、イギリス大使館に戻って一息ついた。
ジョージ六世は、オタワ市内の高級ホテルに宿泊しているが、首相であるチャーチルは大使館を宿泊施設として使用していた。これは、盗聴を警戒してのことだ。
「しかしルーズベルトめ。この会談の場所をわざわざアメリカ近くのカナダに設定してやったにもかかわらず、参加を断ってくるとは何を考えているんだ」
今回の会談に、チャーチルはオブザーバーとしてアメリカの参加を要請していた。11月5日に行われたアメリカ大統領選挙で、ルーズベルトは辛うじて3選を果たしていた。これにより、あと4年は安定した政権運営が出来るはずだ。この会談にルーズベルトを引き込むことが出来れば、少なくとも任期の間はアメリカの協力を得られる。そして、戦後秩序の構築のためには、アメリカの参加が不可欠だとチャーチルは考えていたのだ。
「アメリカの世論は、ヨーロッパの戦争には関わらないという意見で一致していますからね。戦争の匂いのするところには、近寄りたくも無いのでしょう」
イーデン外務大臣が肩をすくめながら返事をする。
「ふんっ!アメリカは世界と交流を持たずにやっていくつもりか?そのくせ中国大陸やフィリピン、中米には魔の手を伸ばしておる。こっちは日本の圧力に屈して植民地を手放すというのに。それもこれもアメリカがこの戦争に協力しないからだ!」
「そうですな。この戦争は連合国の勝利で終わるでしょうが、その結果、この世界におけるスーパーパワーは日本を中心とするアジア経済連合と東アジア条約機構になります。もちろん、ヨーロッパもイギリスを中心とした経済連合と軍事同盟を早期に確立して日本に対抗しなければならないでしょう。このままでは、イギリスは世界の檜舞台から転落してしまいます」
「ああ、それだけは絶対に避けねばならぬ。例え植民地を手放したとしても、世界に冠たる大英帝国は永遠でなければならないのだ。ところで、国際連盟の改革案はどうなっている」
「はい、首相閣下。常任理事国はイギリス・フランス・ロシア・日本の永久固定とします。そして、我が国がいち早く新型爆弾を開発し、他の国に対しては開発をさせないように圧力をかけ、新型爆弾の独占を実現します。名目上は、新型爆弾の管理は国連の合議によってと明文化しますが、実際には我が英軍のみ保有する状況が望ましいでしょう」
「うむ、良い案だ。それと、日本の新型爆弾開発はどうなっているか解ったか?」
チャーチルはギョロリとした目でイーデン外務大臣を凝視する。チャーチルにとって、他国の核開発は一番の懸念材料だった。
「現時点では、まったく不明です。しかし、もし研究をしているならば、核物理学の権威である仁科博士も参加しているはずですがその様子は全くありません。それと、開発チームによって北半球のあらゆる地点で大気成分の調査を実施しましたが、新型爆弾が爆発した痕跡は発見されませんでした。もし新型爆弾の実験をすれば、その成分が大気に拡散して必ず解るはずです。少なくとも日本、いえ、世界中のどの国も新型爆弾の開発は出来ておりません」
「そうか。継続して調査は進めてくれ。しかし、天皇が来るのであれば例の高城蒼龍とやらも来るかと思っていたのだがな。残念だよ。どんなヤツか会ってみたかったな」
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