第299話 ル号作戦(5)
ドイツ軍中央軍集団の主力は、中規模都市を十分に灰燼に帰せるだけの爆薬を、ごくごく短時間の間に受けてしまった。
周りで次々におこる大爆発。爆音で指示も何も聞こえないはずなのに、戦友の助けてくれという悲痛な叫びだけが聞こえてしまう。中央軍集団は日露軍を取り囲むために移動して、布陣を完了させたばかりだった。その為、十分な要塞化など出来てはいないし、そもそも総統の命令は全軍を前進させて、日露軍を包囲殲滅せよとのことだったのだ。
なので、司令部壕だけはなんとか5メートルの地下に設営することが出来ているが、それ以外は簡易トーチカとほんの少しの塹壕程度だった。
そこに、無数の500kg爆弾が投下されたのだ。12,000mから投下された爆弾は、地表面での速度は800km/hにも達する。これだけの運動エネルギーを持って地表をえぐり、そして炸薬を爆発させた。
この爆撃によって、中央軍集団の司令部壕の天井が崩れ、ボック司令をはじめとする高級参謀達は生き埋めになってしまう。もはやドイツ軍に反撃が出来るだけの戦力も統制された指揮も期待できなかった。
――――
宇宙軍アルテミス部隊から送られてきた戦果分析を確認して、阿南司令は機甲部隊の前進を命じた。
シベリアでは戦車部隊を前進させる前に、ロケット砲か榴弾砲による攻撃で敵にダメージを与えることが多かったが、九七式戦闘攻撃機と九八式重爆撃機の増強を受けて航空爆撃に切り替えられている。ソ連軍と違い、ドイツ軍には12,000mまで届く高射砲が無いというのも大きかった。
分析では、航空機による爆撃によって敵戦車の約8割を破壊したとのことだった。歩兵や野砲にも相当の損害を与えることが出来た。もはや、日露軍の機甲師団を止めるものは何もない。十分な航空支援と機甲師団の組み合わせは、非常に相性が良いのだ。
「佐久間参謀。もう、戦車同士の大地上戦などは実現しないのだろうな」
U-2偵察機から送られてきているリアルタイム映像を見ながら、阿南司令が佐久間参謀に話しかける。
「そうですね、阿南司令。相手がグーしか出せないことが解っているのですから、こちらはパーを出せば良いという事ですな。わざわざ機甲師団に対して機甲師団を当てる必然はありません。それに、航空支援の無い状態での地上部隊の進軍は、基本禁じられましたからね。“十分な戦力を整え、無理の無い作戦遂行を第一とする“。もはや、日露戦争のような圧倒的な戦力差を覆しての大勝利は古いと言うことですな」
「ああ、その通りだ。これも陛下のお優しさだろう。絶対に勝てる状況を作ってからでないと、戦闘をしてはならないと陛下に戒められたよ。“敵を知り己を知れば百戦危うからず”ということだな」
阿南達はル号作戦が始まって以来、情報の重要性というものを痛感していた。衛星と偵察機によって敵の戦力を正確に把握できる。そして、こちらはその敵に対して戦力を集中させた運用ができるのだ。
仮に彼我の戦力比が1対1だったとしても、敵の位置が正確にわかれば部分的に数的有利を築くことができる。しかも日露軍の兵器は圧倒的な性能を誇っているのだ。これでは、負ける方が難しいと思えるくらいだった。
――――
ドイツ軍陣地までは50kmほどの距離がある。順調に進軍できたとしても、戦車なら1時間半程度かかる距離だ。
その為、攻撃ヘリと九九式襲撃機を先行させて残存している戦車や装甲車を破壊する。日露軍の機甲師団が相手にする敵はほとんど残っていない可能性もあった。
もちろん、それはそれでかまわない。ドイツ軍中央軍集団を壊滅させて生き残っている兵士を捕虜にするという役目があるのだから。
「前方800mの丘の向こうに敵戦車約15両!第三第四小隊は左から回り込め!第一第二小隊は右から押さえ込む!」
九六式主力戦車の中隊長車両には、U-2偵察機から送られて来た敵の情報が表示されている。上空から敵の位置を把握するため、丘の向こうにいる敵戦力も筒抜けに出来るのだ。
――――
「良く狙え!側面の車体下部に当てるんだ!」
日露軍の戦車部隊が進軍していくのを、林の中に巧妙に隠したドイツ軍88mm高射砲が狙いを定めていた。距離はおよそ800m。九六式主力戦車部隊は、丁度側面を晒すような位置関係になってしまっている。
ドイツ軍高射砲連隊としては、待ちに待った状況だ。日露軍の戦車に対しては、正面からでは絶対に破壊できないことが解っている。側面か背面を撃ち抜くためには、巧妙に偽装して待ち伏せをする以外に方法が無かったのだ。そして、この林の中に4門の88mm砲が隠されていた。
「発射!」
連隊長が旗を振って発射の合図を出した。そして、4門の88mm砲は一斉に火を噴き日露軍の戦車に向かって砲弾を打ち出す。
発射された弾体は850m/sの高初速を誇る徹甲榴弾だ。1,000mでの貫徹力は130mmある。これが車体下部に命中すれば必ずや撃破できるはずだ。ドイツ軍高射砲連隊の兵士達は、祈るように飛翔していく弾体を目で追っていた。そして、その願いが神に通じたのか、2両の九六式主力戦車の側面が爆発した。
発車された4発の88mm弾の内、2発が九六式主力戦車の側面に命中したのだ。その内一発は砲塔側面に命中した。そして、もう一発は車体下部の転輪と転輪の間をすり抜け、車体下部の最も装甲の薄い部分に着弾した。
砲塔に命中した弾は、爆発こそ激しかったがほとんどダメージを与えることが出来なかった。しかし、車体側面に直撃弾を受けてしまった九六式主力戦車は、その側面装甲を撃ち抜かれ、操縦手の右にセットされている戦車砲弾が誘爆してしまったのだ。その激しい爆風と炎は強度の最も弱い所を目指していく。そして、キューポラと車体前部のハッチを吹き飛ばし炎を上げて停止してしまった。
「やった!あのモンスター戦車を撃破したぞ!」
「騒ぐな!次弾装填!発射だっ!」
次弾を装填した88mm砲が再度火を噴く。そして、また一両の九六式主力戦車を爆発炎上させることに成功した。
ドイツ軍高射砲連隊は、たった4門の高射砲で2両の戦車を破壊できたことに士気が上がる。これなら通用する!今までは手も足も出なかったが、この88mm砲による伏撃なら通用するのだ!
しかし、次弾を装填しようとしたその時に、日露軍の戦車隊から上空に何かが発射され、そしてあっという間に白い煙が戦車を隠してしまったのだ。それは、まるでイリュージョンを見ているかのような、幻想的な煙の大瀑布だった。
「煙幕だと!?あんなに濃密な煙幕を一瞬で張ることが出来るのか!?」
そして次の瞬間、その煙幕の中から無数の砲弾が飛んできた。九六式主力戦車2両を葬ったドイツ軍高射砲連隊の兵士達は、瞬時に粉々にされてしまう。
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4月10日(水)は臨時休載します
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