第298話 アジア経済連合
少し時を遡って1940年9月末
中華民国がAEU(アジア経済連合)の準加盟国になった。
蒋介石としては、清帝国や大韓帝国、タイ王国などの発展を見て、相対的に発展の遅れている中華民国の経済をなんとかしたいという思いがあった。その為、アメリカとの関係悪化も致し方なしと判断し、AEU加盟に舵を切ったのだ。
それに、現職のルーズベルト大統領は落選すると判断しており、対抗の共和党ウィルキー候補に対していくつかの手土産をもって接触を図っていた。これによって、共和党がアメリカの政権をとった時には十分に関係改善ができると踏んでいた。
また、今回準加盟国あつかいなのは国内の民主主義と報道の自由レベルがAEUの要求水準に達していないことと、国民一人当たりのGDPがAEU平均の8分の1以下であり、正式加盟した場合は国内経済へのダメージの方が大きいだろうという判断だ。このため、中華民国はその他のAEU諸国に対して有利な関税を設けることが認められている。
AEU諸国としても、蒋介石の主導で中華民国が成長し、共産党を押さえ込んでもらうことが最善であるとの判断があった。このままアメリカの経済植民地状態が続けば、国民の不満が蒋介石とアメリカに向き、そして共産党勢力の伸張に繋がるという恐れがある。中国大陸の“赤化”だけは何としても避けたかったのだ。
※史実でも、アメリカの経済的植民地だった中南米の国のいくつかは、第二次世界大戦後、共産主義革命などによって“赤化”されている。
今回は、AEUへの加盟にとどまり、軍事同盟であるEATO(東アジア条約機構)への参加はない。日露との軍事同盟は、アメリカを刺激しすぎるだろうと蒋介石が判断したためだ。
高城蒼龍としてはAEUとアメリカとの関係悪化の懸念があったが、軍事面ではない経済政策への発言力は、現在ではそれほど持っておらず、政府の判断を覆すようなことはしなかった。
それに、21世紀の合理的な経済学を学んだ高城蒼龍は、貿易の活性化は全ての市場参加者にとって基本的にはメリットがあり、中華民国が経済的に発展すればアメリカとの貿易額も増えて中長期的には歓迎されるだろうと考えていたのだ。
1980年代の日米貿易摩擦やその時のアメリカにおける反日感情など、21世紀に育った高城蒼龍は、教科書以上のことを知るはずがなかった。
――――
1940年10月初旬
ワシントン ホワイトハウス
「蒋介石め。あれほど警告したにもかかわらずAEU(アジア経済連合)に加盟しおって!恩知らずの恥知らずが!」
アメリカ大統領のルーズベルトは、ハル国務長官から渡された報告書を机にたたきつけた。アメリカにとって大きな貿易相手(搾取相手)が、実質的に敵対する貿易ブロックに加盟することはマイナスでしかない。特に大統領選挙を目前に控えたこの時期では許しがたい行為だった。
「大統領。共和党のウィルキーとの支持率は拮抗しています。このままでは正直どっちに転ぶかは解りません」
「そんなことは解っている!せっかくAEUに対する衣服の緊急関税で支持率が高くなったばかりだというのに!ウィルキーはここぞとばかりに私の失策だと責めている!ああ、腹立たしい!それもこれも、日本とロシアが蒋介石に秋波を送ったせいだ!」
ルーズベルトの怒りは収まらない。ニューヨーク株の大暴落を発端に発生した大不況※から立ち直りかけているアメリカ経済に冷や水をかけられた格好だ。中華民国のAEU加盟によって、中国に工場を持っていたり多くの投資をしている会社の株価が暴落している。それに比例して、ルーズベルトへの支持率も幾分かの低下を示してしまった。
※今世のアメリカでは、株の大暴落はあったがリチャードの働きによって大恐慌には至っていない。ただし、ヨーロッパや中南米では深刻な大恐慌が発生していた
そして、シベリアの難民を救済するための赤十字船を撃沈し、日本の仕業に見せかけるという作戦も、シベリアとヨーロッパでの日露軍の強さを分析して延期が決まっている。
現状で万が一日本と開戦した場合、短期的には支持率は上がるだろうが、アメリカ軍も大損害を被り結果的に支持率の低下が危惧されたためだ。
「大統領。AEUのGDPの半分以上は日本によるものです。さらに、この対ソ戦が日露の勝利に終わった場合、日本は日露国境条約によってウラル山脈以東のシベリアを手にすることになります。これだけは絶対に避けなければならないでしょう。これ以上日本に力を持たせてはいけません。シベリアは本来ロシアの物です。対ソ戦後は、元々の持ち主であるロシアに返還するように圧力をかけましょう。アメリカに亡命してきている旧ロシア帝国の貴族達もそれを支持しています。我々にとっては、黄色いサルよりも同じ白人であるロシアの方が御しやすいかと」
「ハル国務長官、その通りだな。日本に圧力をかけろ。我々は白人による世界支配を達成するためのホワイトナイトになる義務がある。そして、例の新型爆弾とその輸送手段の開発を急げ」
こうして大統領選挙直前の10月末に、日本に対してシベリアの放棄と即時停戦、そして、関係各国に対して1938年以前の国境に戻して自重するようにと呼びかけた。
ルーズベルトは戦争への介入はしないが、世界平和と安定した経済活動を希求していると“有権者”に強くアピールする。そして、日本に対してある程度強硬な姿勢をとったことが支持率の向上へ繋がった。
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