第297話 ル号作戦(4)
「爆撃が来るぞ!動ける戦車はすぐに動け!回避行動を取るんだ!高射砲部隊は各自の判断で射撃を開始しろ!」
ドイツ軍陣地は一瞬にして蜂の巣をつついたような騒ぎになった。整備兵達は担当の戦車にクランク棒を突き刺し回しはじめる。そしてエナーシャが十分な回転に達したのを確認して接続し、エンジンを始動させた。
そして、エンジンのかかった戦車や装甲車は、すぐに動き回避行動を取る。爆撃に対しては、通常であれば戦車壕の中に潜んでいるのが一番安全なのだが、日本軍の新型精密爆弾に対しては全くの無意味だということがわかっている。動いていなければ良い的になるのだ。なので、艦船が爆撃に対してジグザグ行動をとるように、戦車もジグザグに走行し、爆弾の直撃から逃れることを期待する。
また、歩兵達は煙幕を焚いて爆撃の妨害を試みている。日本軍の爆撃に対してどの程度の効果があるかはわからない。しかし、何としても、少しでも被害を少なくしなければならない。日本軍機は安全な12,000m以上から爆撃をしてくる。その高度からの自由落下でも、一分ほどで弾着するのだ。ドイツ兵たちにはもうあまり時間が無かった。
爆弾を投下した日本軍機は、轟音を上げながら旋回し南の方に戻っていった。そして、空からは黒い点が多数地上に向かって落ちてきている。その点は地上500mくらいの所で分裂し、装甲車両を見つけ出し向かってくるのだ。
――――
爆弾を投下した九七式戦闘攻撃機は旋回し、重爆撃機隊の援護につく。現時点ではドイツ軍迎撃機の情報は無いが、もしドイツ軍機が上がってきた場合に対処するためだ。
前方の地上では、あちらこちらから煙が上がり始めている。爆撃によるものなのか煙幕によるものなのかは区別できないが、ある程度は効果を上げていることに間違いは無い。そして、九七式戦闘攻撃機の爆撃を生き残った残存兵力に対して、九八式重爆撃機による通常爆弾攻撃を始める。
九八式重爆撃機の爆弾倉が開き、一斉に爆弾が投下された。今回は、滑走路から爆撃地点までそれほど距離がないため、最大搭載量に近い16トンもの爆弾を抱えている。その九八式重爆撃機240機による爆撃だ。投下された爆弾は合計3840トン。この量は、史実のドレスデン爆撃によって、1945年2月13日から15日にかけて投下された爆弾量に匹敵する。その火力が、たかだか数分の内にドイツ軍機甲師団に対して投下されたのだ。
――――
地上では、今まさに地獄が現出されつつあった。
最初に投下された爆弾は、装甲車両に対して自己鍛造弾を発射するタイプだったため、それほど派手な爆発をする事は無い。しかし、その鍛造弾は確実に戦車の上面装甲を撃ち抜き、中に居る戦車兵を殺傷していく。中の乗員が死んでも戦車の機能が生きていれば、その戦車はゾンビのように走り続ける。制御を失った戦車は天幕や補給物資、そして歩兵を踏みつぶしながら迷走するのだ。
第一次攻撃が終わったかと思えば、すぐに重爆撃機による爆撃が始まった。今度の爆撃は500kg通常爆弾による攻撃だった。
ドイツ軍の高射砲部隊は必死に88mm弾を撃ち続ける。しかし、その弾は12,000mを悠々と飛行する日本軍の爆撃機には届かない。無意味だと解っていても、命令された以上は撃ち続けなければならない。誰しも持ち場を離れて待避壕に逃げたいと思う。88mm弾では、いくら撃っても無駄なのだ。
「上の連中は何故それがわからない!どうして、弾と命を無駄に消費するんだ!」
兵士達の正直な叫びだった。しかし、逃げれば確実に抗命か敵前逃亡で処刑されてしまう。一兵士は自らの生存を諦めて、命令に従うしかないのだ。
そして、その地上の地獄を冷徹に見ている“目”があった。上空16,000mを飛行するU-2(宇二型)偵察機だ。
U-2偵察機によって撮影された戦場のデータは、リアルタイムに日本の宇宙軍本部に送信される。送られてくるデータは赤外線領域から紫外線領域にわたって撮影されたものだ。これによって、少しくらいの煙やモヤであれば問題なく分析できる。
そして、敵の被害状況や残存兵力とその動きを短時間で分析して、現地に送り返している。その分析に当たっているのは熟練した宇宙軍女性下士官達だ。
“アルテミス部隊”
そう呼称される70人のアルテミス達によって分析された正確な情報は、現地部隊の作戦判断に大きな影響を与えている。
現地司令部や参謀達は、彼女たちのことを“アルテミスの女神”もしくは単に“女神”と言って信頼を寄せているのだ。
――――
「敵戦車約8割の破壊に成功したようです。無線封鎖を解除していますが、敵の無線通信はほとんどありません。爆撃によって敵司令部もかなりの損害を受けたか壊滅したものと思われます」
宇宙軍から送信された最新情報の地図を見ながら、佐久間少将が阿南司令に報告をする。
「うむ。では、ル号作戦第三段階だ!敵を一気に蹂躙する!」
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