第296話 ル号作戦(3)

 ルーマニアに作られた滑走路から、九八式重爆撃機と九七式戦闘攻撃機が轟音と共に離陸していく。日露軍の爆撃機隊は、一路北を目指して高度を上げていった。


 ――――


 ウクライナ北西部の平原にドイツ軍の大部隊が集結している。ここより50kmほど南に布陣する日露軍に対して、北側から攻撃を仕掛け殲滅することが命令されていた。


 ドイツ中央軍集団司令官のフェードア・フォン・ボックは地下司令部壕で、参謀達と悲痛な面持ちで作戦会議をしていた。


「総統の言われたとおりの布陣は出来た。しかし、どうやったら日本軍を殲滅できるというのだ・・・」


 日露軍が参戦してきたこの三週間ほどの戦闘で、明らかに解ったことがある。それは、どんなことをしても日露軍には歯がたたないと言うことだ。


 侵攻してきた地上部隊に対してJu87爆撃機の大部隊を向かわせても、日露軍を目視する前に誘導ロケット弾で半数以上が撃墜されてしまう。そして、目視できるまでに近づいても、あの強力な35mm対空砲と携帯型誘導ロケットによって全て撃墜されてしまうのだ。奇跡的に高空から爆弾を投下することが出来ても、落ちていく爆弾を日露軍の対空機銃は撃ち落とすことが出来る。


 空からの攻撃は、日露軍に対して全く効果を上げることが出来なかった。


 そして、日露軍の航空戦力が使えないであろう雨の日に機甲部隊による大攻勢をかけたが、それもことごとく撃退されてしまう。


 Ⅳ号戦車やⅤ号戦車の75mm砲は確かに強力だが、日露軍のあの巨大な戦車に対しては全く効果がなかった。そもそも、日露軍から2,000m以内に近づくことが困難なため、なかなか命中弾を出すことが出来ない。そして、奇跡的に命中してもそのことごとくがはじかれてしまう。新開発の成形炸薬弾をもってしても破壊する事が出来ない。成形炸薬弾は厚さ400mmから500mmの装甲板を撃ち抜けるという触れ込みだったが、それが全く通用しないのだ。


 “日本の戦車の装甲板は一体何ミリなんだ!”


 そして、こちらの攻撃が全く通用しないにも関わらず日本の戦車の射撃は非常に正確で、2,000m程度の距離ならほとんど全弾を当ててくる。しかも、その砲弾は傾斜装甲など全く効果が無く、車体のどこかに当たれば確実に装甲を突き抜け、戦車の内部を地獄に変える事ができるのだ。目標を外した日本軍の戦車砲弾を回収することが出来たのだが、その砲弾は弓矢の様に細いタングステンの棒で、炸薬や信管といったものが入っていなかった。爆薬も無しにどうしてあんな破壊力があるというのだ?


 さらに、最も脅威なのはあの音速を超える戦闘機による爆撃だ。高射砲の届かない上空12,000mから爆弾を投下し、そして、その爆弾から十個の子爆弾が分離する。その子爆弾は自動的に戦車や装甲車両に向かって落ちていき、着弾する直前に爆発をしてそこから弾丸のような物を発射し戦車の天井を撃ち抜くのだ。不発弾を回収して調査をしたところ、光電管のような装置があって戦車を自動的に見つけてそれに向かって落ちていくらしいということがわかった。


 “たかだか直径10センチほどの爆弾が、自動的に戦車を見つけるだと?しかもそれに向かって方向舵を調整して落ちていくなど考えられん!”


 ボック司令は長い軍歴の中で培ってきた、自分自身の常識がことごとく破壊されていくのを感じてしまう。日本軍の誘導ロケットや航空機の性能がすさまじいとは聞いてはいたが、実際に経験し見るのとは大違いだった。


 さらに、上空16,000mを飛ぶ偵察機によってドイツ軍の布陣は敵に筒抜けになってしまっている。これでは、まるでこちらだけ目隠しをしてサッカーの試合をするようなものだ。


「無理だ。どうやっても日本軍を押し返すことなど不可能だ・・・」


 作戦会議の席上、ボック司令は敢闘精神を疑われるような弱音をつぶやく。しかし、それを非難する者は誰もいない。そこに居る将官や高級参謀もまた、同じ思いだったからだ。


 作戦会議の場を、沈黙が支配する。と、その時、


「司令!南から敵機です!距離はおよそ30km!機数は50以上です!」


 どうやら見張りが敵機を発見したようだった。すぐに空襲警報が鳴らされ、高射砲部隊の兵士は配置につく。


 ――――


「目標まであと7km。全機対装甲車クラスター投下!」


 侵攻していた九七式戦闘攻撃機から、500kg対装甲車クラスター爆弾が投下された。このクラスター爆弾は、500kg爆弾ほどの大きさの外殻の中に10発の子弾が入っており、設定された高度に達すると子弾が分離し、パラシュートでゆっくりと降下する。そしてその降下中に、レーザーセンサーと赤外線センサーによって装甲車両を見つけると、目標に向かって爆発し“自己鍛造弾”を発射するのだ。これは、21世紀のアメリカ軍の“CBU-97 SFW”を参考にして宇宙軍によって開発された。


 120機の九七式戦闘攻撃機から480発の爆弾が投下される。そして、それは子弾を分離して装甲車両を探しながら落ちていくのだ。分離された子弾は合計4,800発にもおよぶ。まずは地上の装甲車両に打撃を与え、その後、300機の九八式重爆撃機によって絨毯爆撃を実施する。


 開戦から1年以上が経過し、東アジア条約機構(EATO)の国々では戦時生産体制が整っていた。電子部品やロケットモーターなどのコアな部分は日本かロシアで製造され、それ以外のフェアリングやハーネス、パラシュートと言った部品は清帝国やタイなどで生産されている。国際分業体制が構築され、生産された部品は日本及びロシアに運ばれて、最終組立ラインにおいて高性能な戦闘機や戦車、ミサイルや爆弾として組み立てられるのだ。


 現在では九六式主力戦車は月産400両、九七式戦闘攻撃機は月産110機、零式戦闘攻撃機は月産250機の生産能力がある。


 そして、輸送機や輸送船も十分に用意され、世界中で作戦行動の出来る兵站も確立した。


 こういったバックアップ体制があるからこそ、前線の部隊は安心して戦うことが出来るのだ。

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