第295話 ル号作戦(2)

「総統閣下!ルーマニアに集結していた日露軍が、国境を越えて侵攻を始めました!総兵力はおよそ35万です!」


 ルーマニアの北東部に日露軍が集結しつつあることは、ドイツ軍も把握していた。そして、その集結を阻止するために航空機による爆撃を何回か実行したのだが、全て撃墜され何ら戦果を上げることが出来ていなかったのだ。


「そうか。では、予定通りと行こうではないか」


 ヒトラーは深く椅子に腰掛けて、ゆっくりと返答した。不敵な笑みも浮かべている。ここ最近の総統は、いらついたり怒鳴ったりすることが少なくなり、いつも落ち着いていて、時々ねぎらいの言葉をかけてくれることも多くなった。秘書官はヒトラーのその変化を不思議に思っていたが、総統も御覚悟を決められたのだろうと考える。そして自分自身も、全身全霊を以て総統とドイツ民族に忠誠を尽くさなければと決意した。


 白ロシアに展開していたドイツ軍は、ポーランドに駐留している部隊と連携して日露軍を半包囲する作戦を選択した。ウクライナの東部に展開している部隊も、速やかにベラルーシ方面に移動し北側から日露軍を押さえ込む。ウクライナから移動したドイツ軍の代わりにソ連軍が前進してくるはずなので、日露軍をドイツ軍とソ連軍で包囲できると見込んでいたのだ。


 そして、ソ連軍の布陣はヒトラーが予測した通りになっていく。


 10月下旬、日露軍はウクライナの西部地域で北と西をドイツ軍に、東側をソ連軍に包囲されてしまった。


 ――――


「阿南(あなみ)中将、最新の衛星写真が届きました。独ソとも、概ね予想通りの布陣を敷いております」


 司令部のホワイトボードにウクライナの巨大な写真がマグネットで留められていく。そしてその写真には、独ソ軍の位置と戦力の詳細が書き込まれていた。


「ソ連軍も良くこれだけ集めることが出来たな」


「はい、中将。バルト三国と白ロシア方面に展開していた戦力もこっちに来ていますね。あの方面は、フィンランドから我が軍の爆撃機が届きます。それによってドイツ軍の侵攻が押さえられているので、防衛を我が軍に任せると言うことでしょう」


「ソ連軍の手助けをしているようでなんとも嫌な感じだな。まあ、ドイツ軍を放置しておくと、あちらこちらで虐殺を始めてしまうからな。この二週間で解放した村々の惨状は、筆舌に尽くしがたいものがある」


 阿南司令率いる欧州方面軍は、破竹の勢いでドイツからウクライナとモルダビアの村や町を開放していった。そして、阿南達はそこで信じられない物を目にしてしまう。


 あらゆる建物が燃えてしまった村や町。そして、町の数カ所に埋められた大量の焼死体や銃殺死体。男達は武器を持って戦うので、一カ所で死亡することはあまりない。まとまって埋まっていた死体のほとんどは、女と子供のものだったのだ。


「ナチスはユダヤ人やスラブ人を皆殺しにするつもりだと聞いてはいたが、まさかこれほどまでとは」


 これらの虐殺死体は写真に撮られ、全世界の通信社に配信された。また、ソ連が逃げてくる民衆に対して銃撃を加えていることも伝えられた。世界中の世論はドイツとソ連に非難の声を上げたが、両国とも何処吹く風と無関係を決め込む。


 ドイツは焦土作戦を実施したソ連の仕業だと言い、ソ連はドイツか日露の仕業だと汚い言葉で罵った。しかし、世界中のほとんど、そんな言葉を信じることは無い。


 この三週間で保護した難民は300万人にも及んでいた。そのほとんどが住む家も食料も失っていたため、ルーマニアとの国境付近にまで移送し、テントによる難民キャンプを設営している。難民への食料の供給に迫られたため、前線への兵站が圧迫されて、予定より進軍速度が遅くなってしまった。その為、ドイツ軍とソ連軍に包囲されてしまったと言うこともある。


「どうする?佐久間少将。ドイツ軍とソ連軍に半包囲されている。そして敵の総兵力は、数だけなら我々の二倍以上だ。教本に従うなら、ここは撤退の一手だろうな」


「阿南中将。教本に従うならその通りですな。しかし、我々にはその選択肢はありません。中将は意地悪な質問をされますな」


「ははは。そうだ、その通りだ!我々が撤退することはあり得ない!ではル号作戦を第二段階に進めるぞ!敵の最も分厚いところを撃破する!」


 阿南は、ドイツ軍とソ連軍の最も戦力が集中している主力を叩くことを選択した。小賢しい戦術は無しだ。圧倒的な能力を持った日露軍で正面から正々堂々とたたきつぶすのだ。そして、中央司令部を失った独ソ軍は必ずや瓦解するだろう。それがヨーロッパの民衆を助ける最も有効な方法であり、天皇陛下の切望するところでもあると確信していた。

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