第291話 バルバロッサ作戦(4)
「なんということだ・・・」
スターリンの脳裏には、様々な事柄が浮かんでくる。ドイツとは昨年不可侵条約を結んだばかりだった。さらにドイツはイギリス・日本と戦っていて、二正面作戦などできるはずはなかった。それにも関わらずソ連に侵攻してきたのだ。
確かに、側近の何人かがドイツに不穏な動きがあるので注意した方が良いと進言してきたが、そんな言葉は無視していた。なぜなら、スターリンには確信があったのだ。
“私とヒトラーで世界を二分する。それが神(悪魔)の意思なのだから”
「すぐに対応策をまとめて、1時間後に報告に来るように。私はそれまでこの執務室にいる。少し一人にさせてほしい」
執務室から秘書官たちが出て行き、スターリンは一人になった。そして、大きなため息をついて悪魔に話しかける。
「おい、アザゼル。どういうことなんだ?おまえは“ドイツは侵攻してこない。私とヒトラーで世界を二分できる”と言っていたではないか?」
しかし、いつもなら不気味な笑い声とともに返事をしてくる悪魔が、今日に限ってすぐに返事をしてこない。
「おいっ!どういうことか説明しろ!」
「くっくっく、簡単な話だ。あのお方はお前に期待することをあきらめたのだよ。世界を二分する相手にふさわしくないとな」
「何だと?」
「お前はシベリアで何をした?日本軍に押され負けてばかりでは無いか。すでに国土の半分近くを失っているのだぞ。もはや、お前に期待するだけ時間の無駄なのだよ」
「くっ・・・し、しかし、お前の言う通りにしてきたではないか!お前が粛正しろと言った人間はすべて粛正した。た、たしかにウクライナ語を話す連中をあまり減らすことはできなかったが、それでも数百万人はシベリア送りにしたんだぞ。それだけの魂を喰らっても、まだ不満なのか!?」
「くくく、あーはははは。違う違う、そうじゃないんだ。お前はよくやってくれたよ。私はお前ほど猜疑心の強い人間を見たことがない。お前ほど臆病な人間を見たことがない。そして、お前ほど愚かな人間を見たことが無い。しかし、誤解しないでくれ。これは褒め言葉なんだ。だが、残念だったな。我々の目的は世界を二分することじゃないんだ」
「ど、どういうことだ?私に世界の半分をくれると言ったのは嘘だったのか!嘘をついていたのか!」
スターリンは悪魔の裏切りに大声を上げてしまった。部屋の外に立っている護衛の兵士はその怒声に驚くが、スターリンが入るなと言った以上、そこに入ることはできない。
「嘘では無い。だが世界を二分することが目的でもない。お前とヒトラーで世界を二分し、大戦争を起こすことが目的だったのだよ。そして、この美しい地球から、ゴミのような人間をできるだけ“駆除”することを計画していたのさ。そうして、少なくなった人類をお前たちに統治させるはずだった。だが、東部方面でのお前の働きはどうだ?日本軍に連戦連敗。持久戦にも持ち込めないから戦死者も増えない。市民の犠牲も少ない。とんだ期待外れだよ」
スターリンは、悪魔との会話を思い出す。無能な人間や、スターリンに敵対する人間はすべて粛正し、苦しませた上で殺害するのが良いと言っていた。人口を減らし有能な人間だけにして、さらにスターリンへの恐怖を植え付け支配するのだと。そして、スターリンはその指示に従ってきたのだ。
「まだだ。まだ負けたわけでは無い。ソ連には一億人以上の人民がいるのだ!そのすべてをお前にくれてやる!好きなだけ食えばいい!だから、私に力を貸せ!悪魔の力を示して見せろ!」
スターリンは渾身の力を込め叫んだ。東からは日本に攻められ、西からはドイツに攻められている。工場はフル稼働しているので兵器の増産こそなんとかなるが、この一年間の戦闘で数百万人の兵士を失って新兵の教育もままならない。このままでは間違いなくソ連は滅びる。そして、自分自身は無残に処刑されてしまうのでは無いか?そんな恐怖に襲われる。
「その一億人の魂はもちろんもらうよ。この私アザゼルの智慧を貸してやったんだ。それくらいの報酬はいただかないと割に合わない。だが、それの魂を刈り取るのはお前じゃ無い。それは、西にいるあのお方が、正確には、あのお方が支配するヒトラーが刈り取ってくれるだろう。お前の魂の味がどんなものか、今から楽しみだよ。では、せいぜい頑張ってくれ」
「待て!まだ話がある!待つんだ!」
スターリンの体から悪魔の気配がだんだんと遠ざかっていくのがわかった。そして、スターリンから悪魔は去り二度と返事をすることは無かった。
スターリンは自身の半生を振り返る。グルジアのあの教会で、私に悪魔が降りてきたのだ。最初は神だと思った。自分に様々な啓示を与え、そしてその通りにすればすべてうまくいった。できるだけ目立たないように振る舞い、自分より序列の高い者が失脚するのを息を潜めて待ち続けた。そして、ついにこの国の頂点に立つことができたのだ。
しかし、日本が参戦してきたことによって歯車が狂い始める。シベリアでは負け続け、気づけばウラル山脈のすぐ向こうまで日本軍が迫ってきている。そして今日ドイツ軍が西から攻めてきた。
スターリンが生き残るためには、もはや覚悟を決めるしか無かった。
「大祖国戦争だ!兵士も人民も敵を前にして退くことを許さん!最後の一人になるまで戦うのだ!」
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