第289話 バルバロッサ作戦(2)

1940年8月8日


「総統。フィンランド、イタリア、ギリシャの日本軍航空基地に戦略爆撃機が集結しつつあります。この戦略爆撃機は、東部国境付近に集結している我が機甲師団を攻撃する可能性が高いと思われます」


 ドイツ中央軍集団司令官のフェードア・フォン・ボックが総統府に来て、ヒトラーに報告をする。


「戦略爆撃機で機甲師団を爆撃だと?連中は我々の動きに気付いたと言うことか?」


「はい、総統。ルール工業地帯を爆撃するのであればイギリスに集結するはずですが、イギリスでは日本の戦略爆撃機をほとんど確認しておりません。フィンランド、イタリア、ギリシャに合計400機の戦略爆撃機が集結しているので、可能性としては、バルバロッサ作戦の阻止が高いと考えられます」


 ヒトラーはその報告を聞いて少し思考を巡らす。


「我が軍がソ連に攻め込めば、日本にとっては都合が良いのではないのか?ソ連を東西から挟撃ができる。なぜそれを阻止する!」


「はい、総統。分析によれば日本単独でも来年末にはソ連を全て撃滅できるとあります。その後は、ロシア帝国の施政下に入るはずなので、国土の荒廃を避けようとしているのではないでしょうか」


「くっ、小賢しい。正義のヒーローでも気取っているのか?解った、ボック司令。現時刻を以てバルバロッサ作戦の発動を命じる!すぐ全軍に指示を出したまえ!一週間だ!一週間で白ロシアとウクライナの全域を占領しろ!そして、進軍の速度を緩めるな!モスクワまで一気に攻め落とす!」


「えっ?し、しかし総統。戦闘車両の集結は八割がた予定通り完了しておりますが、補給物資の集積がまだ完了しておりません。燃料の集積を優先しているので、そちらはなんとかなりますが、食料がまだです。この状態で侵攻した場合、早晩戦線が限界に達してしまいます」


「何を言っている?白ロシアやウクライナで調達すれば良いでは無いか。あそこは肥沃な穀倉地帯だ。いくらでもあるだろう。現地で調達しつつ、補給を随時整えたまえ。事は一刻を争うのだよ」


「それでは、現地の住民が飢えてしまいます。占領地の経営を考えると得策とは思えません」


 史実でも、フェードア・フォン・ボックはユダヤ人の大量虐殺に抗議をし、非合法な殺人を犯した将校の処罰を要請しているが、全て黙殺されている。


「大丈夫だよ、ボック司令。占領地の経営は親衛隊に任せれば良い。食料が無くとも一週間くらいで死ぬことはないだろう。占領地の住民には親衛隊が食料を届けることを約束しよう」


 ――――


1940年8月9日午前4時(日本時間)


 高城蒼龍は携帯通信機のアラームで目を覚ました。


「何だと!ドイツ軍がソ連になだれ込んだだと!それは本当か!?解った。すぐに行く。車を回してくれ」


 高城蒼龍はベッドから降りて着替えを始める。軍服とシャツは妻の和美があらかじめ準備をしている。緊急事態に対応出来るよう、夫の衣服などの準備は万全にしていた。


「ついにドイツがソ連に侵攻したんですね」


 和美は不安そうに蒼龍の顔を見た。


 ドイツがソ連に侵攻を開始した場合、白ロシアとウクライナが主戦場になることは解っていた。そして、ドイツは現地で無慈悲な地上戦を展開するだろう事も、夫の蒼龍から聞かされている。


 今から8年前、和美はウクライナに対しての食糧支援作戦に従事した。そして、ウクライナは親友のユーリアの故郷でもある。そこが激しい地上戦の舞台になるかもしれないのだ。


「大丈夫だ、和美。心配するな。ナチスに好き勝手はさせないよ。その為の宇宙軍だ」


 迎えの車に乗り、宇宙軍本部に向かう。その間も、携帯通信機で東ヨーロッパの戦況を確認し続けた。


 ――――


 宇宙軍本部


「どういう状況だ?」


「はい、3時間前の衛星写真では、ポーランド分割線から約80kmほど進み、白ロシアの国境付近まで進軍しています。ウクライナ方面はオデーサ近くまで来ています」


 宇宙軍の女性士官が高城蒼龍に報告をする。


「もうそんなに侵攻しているのか!?」


「はい、おそらく街道沿いに装輪装甲車やトラックで前進し、その後を戦車がついて行っているようです。ちょうど衛星が上空を通らないタイミングで侵攻を開始したため、発見が遅れてしまいました。」


「ソ連軍の対応はどうなっている!?」


「はい、衛星写真からでは限定的にしかわかりませんが、組織的な抵抗は全く出来ていません。それに、ドイツ軍もできるだけ戦闘を避けて、内陸への浸透を優先しているようです」


「現地の諜報員からなにか情報は無いか?」


「いえ、残念ながら現時点に於いてなにも連絡はありません」


 ドイツ軍がソ連侵攻を決めたと判断したのが8月5日だった。物資の集積状況から、ソ連への侵攻は早くて8月15日以降だと予測していたが、まさか、こんなにも早く実行してしまうとは思っていなかった。


 10日間の猶予があると思って、ドイツへの攻撃準備をゆっくりしていたというわけでは無い。東部方面へ部隊が移動しつつあるという情報は、7月末頃には掴んでいた。そして、万が一に備えて九八式重爆撃機をヨーロッパに送ったのだ。さらに状況は悪化し、8月5日にソ連侵攻が決定的になったと判断してバルバロッサ作戦の阻止を決定した。それに、7月末のプロイエスティ油田爆撃で爆弾を使ってしまい、補給待ちだったと言うこともある。


 決して油断があったわけでは無いと思いたかった。


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