第288話 南雲忠一と小沢治三郎

1940年8月5日


 南雲中将率いる、第一空母打撃群が地中海に到着した。これは、1939年からイギリスに派遣されている山口艦隊と交代するためだ。そしてその途中、地中海に展開している小沢艦隊と一時的に合流している。


「大鳳型空母が二隻並ぶと壮観ですな」


 空母大鳳の艦橋で、小沢と南雲が握手を交わす。もともと日本海軍では握手の習慣は無いのだが、外国人を接遇する際のみ握手をするように教育されていた。しかし今世では、天皇自ら陸海軍の将官に対して握手をすることが多かったため、日本人同士でも握手をする習慣が出来ていたのだ。


「小沢中将の活躍は内地にも轟いていますよ。なんと言っても、小沢中将がイタリアを屈服させたのですからね」


 そういえば、小沢が日本を出立する際に、山本五十六から“イタリアを降伏に追い込んでくれ”と言われたことを思い出す。あの時は“そんな無茶な”とも思ったが、イギリス艦隊と合同とは言え、実際にイタリアを降伏に追い込むことが出来たのだ。戦争の歴史をたどってみても、これは快挙と言って良かった。


「いえいえ、最終的にはローマへの艦砲射撃で脅した成果です。そういう意味では、我が海軍が提供した戦艦長門や陸奥のおかげでしょう」


 小沢は謙遜をする。南雲が海軍兵学校36期で小沢が37期と、同じ中将だが南雲の方が1年先輩と言うこともあった。


「しかし、小沢中将、この大戦をどう思うね?シベリア方面では爆撃機が撃墜され地上戦で損害は出ているが、ソ連に与えた損害と比べるとわずかといって良い。欧州方面に関しては、事故で死亡した者以外に戦死者を出していない。まあ、欧州では地上戦をしていないというのもあるが、ここまで圧倒的な戦果を目の当たりにすると、空恐ろしいものを感じるな」


「そうですね。私もここまで圧倒的な差が出るとは、正直思っていませんでした。技術の格差がこれほどまでとは」


「やはりそう思うかね。東郷提督が率いた日露戦争当時の戦艦三笠と、宇宙軍の技術が提供される前の戦艦金剛が戦ったとしたら、100回戦っても三笠が勝利することは一度も無いだろう。三笠と金剛はたった10年の違いだ。それでもこれほどの差がある。今の日本の技術力と、ドイツやソ連の技術力とは50年以上の開きがあるのではないだろうか。これではまともな戦争にならないのは自明の理だな」


「ええ、それもこれも“あの男”のおかげでしょうか?実際にここまでの成果を出されてしまうと、その実力を認めざるを得ませんな。海軍は完全に脱帽ですよ」


 小沢の言葉には、少しだけ皮肉が込められていた。


「高城蒼龍(たかしろそうりゅう)か。昔は、陛下のご学友という立場を利用して良からぬ事を考えているのかとも危惧していたのだが、杞憂だったな。あれだけの才能があるにも関わらず、ヤツには出世欲のようなものが全く感じられない。不思議な男だ」


「出世欲が無いからこそ、陛下が信頼なさっているとも言えますな。それに、人命第一というのも、高城の考えが反映されているという噂です」


「“昭和11年中期防衛計画”か。陛下の強いご意向によって、戦死者の出るような作戦を避けることが示されたからな。あの時には“なんと消極的な”と思ったものだが、結果的にはそれが正しかったと言うことか」


「陛下は、兵士であっても戦死する事に強い悲しみを感じられていらっしゃいます。この大戦で戦死した全ての兵士の遺族に、陛下は直筆で“感状”をお書きになられている。まこと、兵士の事をお考えになられる名君でいらっしゃいます。おかげで“名誉の戦死”という言葉も使いづらくなってしまいましたよ」


 そういって小沢中将は苦笑いを浮かべる。


「そうだな、小沢中将。陛下は“どんな困難があっても必ず生きて帰り、そして、平和な世界のために尽くして欲しい”といつもおっしゃられる。私は常々思っていたんだよ。何故、日本のために尽くすのではなく、世界のために尽くすとおっしゃられるのかと。陛下は、日本の事だけを見ていらっしゃるのでは無い。陛下が描く未来には、世界の全て、人類全ての幸せがあるんだろうな。我々のような小人(しょうじん)には想像も出来ない世界を見ていらっしゃる」


「おっしゃるとおりです。陛下は日本人だけの天皇という器では無いと思います。全人類の頂点に立たれるにふさわしいお方ですよ。その暁には国名も変わるのでは無いですか?」


「国名が変わるのか?」


「ええ、陛下が世界に君臨する時には、“地球帝国”という国名が良いと思います。どうでしょう?」


「地球帝国か!素晴らしい!素晴らしい国名だ!」


 小沢と南雲は、地球帝国ネタで朝まで酒を飲み交わした。

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