第285話 中央アジアの春

1940年7月末


 オムスクのソ連軍を撃破した日本軍は、戦力の再編成のため拠点を構築していた。


 そして、かねてより準備を進めていたカザフ、キルギス、タジク、ウズベク、トルクメニスタンの独立を宣言する。


 この地域の人々は、比較的戒律のゆるいイスラム教徒が大半を占めていた。そして1940年時点に於いても、ソ連の支配に反対する遊牧民たちによる散発的なゲリラ活動が起きていたのだ。


 宇宙軍ではロシアKGBと協力し、中央アジアの反共勢力に資金と武器を供給してその時を待っていた。そしてオムスクを占領したことにより、中央アジアへの支援が十分に行える事が確実となったため実行したのだ。


 日本軍とロシア軍によって訓練された独立軍部隊が、ソ連共産党の施設を急襲した。この地域にはソ連軍の大規模な部隊は駐屯していなかったが、それでも激戦が行われかなりの犠牲者を出してしまう。また、過激な遊牧民の一部は、共産党員のみならずその家族や子供まで虐殺するという事件を起こしてしまった。


 ソ連によって土地を追われ、家畜を奪われ飢えに苦しんだ人々にとって共産党とその関係者は憎悪の対象でしかなかったのだ。


 ――――


「陛下。中央アジアの国々の独立戦争は優位に進んでおります。数週間の内には共産党勢力を駆逐して独立が完了すると思われます」


 宮城(きゅうじょう)(皇居)にて、高城蒼龍が天皇に報告をする。


「そうか。独立を果たせるのは良いことだ。しかし、その過程でこのような残虐なことが起こってしまうとは・・・・。人の業(ごう)とはこんなにも深いものなのか・・・」


「はい、陛下。日本軍が訓練した部隊には民間人への暴行や虐殺を強く禁止しておりましたが、一部の遊牧民や過激派が虐殺を起こしてしまいました。誠に残念な事です。中央アジアの国々は、独立後中立宣言を出す手はずになっておりますが、外交チャンネルを通じて犯罪人の処罰を強く求めるように致します」


「そうだな。人の憎しみの無い世界は、まだまだ遠いのかも知れないな」


 100年経っても人の憎しみがなくならない事を高城蒼龍は知っていた。21世紀になっても宗教対立や領土問題で多くの人々が血を流している。そして、様々な場面で民間人への虐殺行為が発生していた。


 しかし、蒼龍は希望を失ってはいない。日本も1877年までは内戦(西南戦争)が発生していたが、21世紀では日本国内での内戦など決して起こらない状況になっていた。フランスとドイツもあれほど何回も戦争をしていたが、第二次世界大戦を最後におそらく未来永劫戦争をするような事は無いだろう。


 世界は着実に平和で安定した未来に向かっていたのだ。今世では、史実よりももっと速く戦争を終わらせ、世界から専制と隷従を永遠に駆逐する事を誓うのだった。


 ――――


1940年8月1日


 アメリカでは緊急大統領令が発布され、AEU(アジア経済連合)からの繊維製品(完成品に限る)に対して、100%の輸入関税がかけられていた。議会を通さない緊急措置で、期限は1年間とされた。状況によっては延長できることも明記されている。


 これは明らかな選挙対策だったのだが、アメリカ国民は自国産業を守るという姿勢を示した政府を支持し、ルーズベルトは大統領選挙を優位に進める。


 そして、輸入の止まったロシアブランドのコピー製品がアメリカで大量に製造されることになった。


 これに対し日本とロシアは非難声明を発表したが、具体的な対抗措置を打ち出す事はしていない。これは、服飾業界が軍服などの生産にシフトしていたため、輸出減を補うことが出来たためだ。


「繊維製品への緊急関税措置は概ね好評のようだな。自国生産へと切り替わって、縫製工がどこも不足しているそうではないか。これで失業率の改善にも繋がる」


 ホワイトハウスでルーズベルト大統領が、嬉しげにホプキンズ商務長官と話をしていた。


「はい、大統領。すぐに国内供給に切り替えられたのも大きいですな。政府の補助によって多くの縫製工場を作ることが出来ました。民主党の支持基盤の弱いところへも工場を作ったので、その効果はかなり出ております」


「しかし、生地はロシアと日本からの輸入がほとんどなのだろう?南部で生産された綿花を一度輸出して、生地になって再輸入するのはいかにも不効率ではないのか?」


「はい、大統領。ロシアと日本で使っている自動織機の性能は、我が国で使っている物と比べて比較にならないほどの高性能なのです。スピードは約10倍で、我が国では作ることの出来ない技法の生地を生産することも出来ます。もし、生地の輸入が止まってしまっては、国内で深刻な“服”不足が発生してしまいます。生地への緊急関税は、我が国の服飾業界も反対したほどなので」


「その高性能な自動織機を輸入は出来ないのか?」


「はい、ロシアと日本は戦略物資に指定しており、通常のルートでは輸入できません。産業スパイによってある程度の資料は入手できましたが、我が国の技術では残念ながら複製は難しいとのことでした」


「アメリカの技術力を持ってしても出来ないのか?連中の技術力がそこまでとはな・・」


 と、そこへ陸軍長官のスティムソンがノックをして入って来た。スティムソンは分厚い資料を小脇に抱えている。


「大統領。7月に行われたオムスクとルーマニアでの戦闘の情報です。どちらも日本軍の大勝利だったのですが、その時に日本軍はとんでもない秘密兵器を使用したようです」


「とんでもない秘密兵器だと?誘導ロケット弾以上なのか?」

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