第283話 プロイエスティ爆撃(5)

 プロイエスティ油田上空では、迎撃に上がってきたドイツ軍機のほとんどを撃墜し退却させることに成功していた。太陽もだいぶ上がってきている。そろそろ、九八式重爆撃隊が到着するはずだ。


「北西の方向200km付近に敵機を確認!高度1500m、数は400!上昇しながらこちらに向かっている!あと20分で会敵する!」


 突然哨戒機から通信が入った。この空域にいるドイツ軍機は撃退したが、どうやらまだ戦力を隠していたようだ。


 ――――


「まずいぞ。岩本隊は残弾はあるが燃料がほとんど無い。プロイエスティ上空の部隊は、燃料はあるが残弾があまりない。400機の戦闘機を撃退することは不可能だ」


 イタリアにある日本軍の前線航空基地で、哨戒機からの報告を聞いた源田大佐がつぶやく。人工衛星と偵察機の調査によって、ドイツ軍の戦力を把握していたつもりだったが、どうやらかなり巧妙に隠していたようだ。


「くそっ。ドイツ軍も注意深くなっているな。小沢司令に繋いでくれ!エーゲ海の瑞鳳から九七式戦闘攻撃機を支援に上がってもらう!」


 新たなドイツ軍機400機の出現を前にして、作戦を練り直す。重爆撃機隊の燃料はまだ十分にある。爆撃行動中に襲われると被害が出てしまうので、一度黒海上空に待避をさせ、その間に、なんとか対処をしなければならなかった。


 ――――


 エーゲ海に進出していた空母瑞鳳から、対空ミサイルを8発搭載した九七式戦闘攻撃機30機が次々に発艦していく。


 朝日を反射するエーゲ海の水面は神秘的で、無数の島々がそれに華を添えている。まるでギリシャ神話の1ページのような、そんな神々しい世界だ。


 美しい水面に浮かぶ島々を見ながら、小沢は流行歌(はやりうた)を口ずさんでしまっていた。


「小沢司令、それは“エーゲの風に魅せられて”ですね。わたしも好きな曲ですよ」


「ん?ああ、気付かないうちに口ずさんでいたようだな。これは恥ずかしい」


 この“エーゲの風に魅せられて”は、満洲歌劇団の李香蘭が歌った曲だ。


 島の岬にあるホテルの一室、その窓から海の色を見ると、恋人との情事を思い出す。でも、恋人に抱かれながらも、違う男のことを想っている自分。ふと、エーゲ海から風が吹いてきた。そんな、女心を描いた唄だ。


 “この大戦が終わったら、李香蘭のコンサートに行こう”


 そんな事を思う小沢であった。


 ――――


 プロイエスティの上空ではドイツ軍Bf109の400機と、九七式戦闘攻撃機110機と零式戦闘攻撃機82機が激しい戦闘を繰り広げていた。


「ダメだ!弾切れだ!」


 ドイツ軍機に比べて速度が圧倒的に速いため、被害こそ出ていなかったが弾切れになった日本軍機が続出していた。弾切れになると敵を撃墜する事はもう出来ない。あとは、帰投できるだけの燃料を残してBf109の戦闘行動を邪魔する事くらいしか出来なかった。敵はまだ200機ほど残っている。


「空母瑞鳳所属の九七式戦闘攻撃機隊からミサイル攻撃を実施。全機、西方へ離脱せよ」


 哨戒機から、空域離脱の命令が入った。なんとか増援が間に合ったようだ。


「了解した。全機離脱する」


 もう燃料もギリギリになってきた。弾切れになった部隊は戦場を離脱し、イタリアの前線基地に向けて帰投していった。


 ――――


「日本軍が撤退するぞ!守り切ったんだ!」


 生き残ったドイツ軍機のパイロット達に安堵が広がる。信じられないような速度を出すジェット戦闘機を相手に、なんとか凌ぎきる事が出来た。7.92mmモーゼル弾はほとんど撃ち尽くしたが、重爆機用に20mm弾は温存している。これで、日本軍に打撃を与える事ができる。


 しかし、そんな事を思っていたパイロット達は、次の瞬間光りに包まれ意識を手放してしまっていた。


 ――――


「181機の撃墜を確認。残り30機」


 30機の九七式戦闘攻撃機から放たれた、合計240本の対空ミサイルは181機のドイツ軍機を撃墜した。そして、残った30機も到着した九七式戦闘攻撃機に一瞬にして葬られてしまった。


 こうして、安全な空域を確保してもらった重爆撃機隊は、存分にその火力を投下していった。1機当たり8トンの爆弾もしくは焼夷弾を搭載している。合計で1,432トンだ。これが、レーザー誘導によってプロイエスティの製油所に落ちていく。その破壊力はすさまじく、ありとあらゆる製油施設が燃え上がった。そして、大量に保管されていた石油にも引火し、プロイエスティの火災が完全に収まるのは4日後の事であった。


 そして工場労働者の多くが、二度と家に帰る事はなかった。

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