第277話 コード『チューブ・アロイズ』(1)

1940年7月20日


 イギリス首相官邸


「しかし、あんな戦闘機を隠していたとはな。MI6は何をしていたのだ?開発に気づけなかったのか?」


 チャーチルは山口司令との電話を切った後、陸軍大臣のデイヴィッド・マーゲソンと打ち合わせを再開した。


「日本の防諜はかなり厳重です。電信も“ピーガガガガーーー”という音がするだけで一切解読が出来ません。そこの日本製通信機も同じです。テレフォトグラフィーの通信に似ているとのことですが、現在の技術ではどうしようもないようですな。日本に派遣している諜報員にも、常に見張りが張り付いているようですし」


「まあ、東洋人の国では我々白人は目立つからな。諜報もやりにくいか。ところで『チューブ・アロイズ』の件だが、どういう状況だ?」


「はい、首相閣下。重水素の調達のめどは立ったのですが、この方式では兵器として実用性は無いとの結論に達したようです。それこそ、大量の湯を瞬時に湧かすことは出来るようですが」


「沸騰した湯をチョビ髭に浴びせてやるか・・。しかし、膨大なエネルギーを取り出せても湯を沸かすことしか出来ないのでは、発電か戦艦の機関くらいにしか使えないのか?」


「はい。ケンブリッジでの研究ではそれが限界のようでしたが、ドイツから亡命してきている研究者のオットー・フリッシュとルドルフ・パイエルスが、このような報告書を提出して来ました」


 チャーチルはマーゲソン陸軍大臣から渡された報告書に目をやる。しかし、そこには難解な数式がたくさん書かれており、チャーチルには一切理解できなかった。


「なるほど、これは興味深いな。マーゲソンくん、要点を説明してくれないか」


「・・・・はい、首相閣下。自然界のウランは238が99.3%、235が0.7%なのですが、この235を濃縮して割合を上げることができれば、巨大な爆発を起こすことができるようです」


「巨大な爆発か・・。それはどの程度のものなのだね?」


「この報告書によれば、単純なエネルギー換算という但し書きはありますが、一回の爆発でTNT火薬2万トンに相当するとのことです。しかし爆弾の形にするには難しいようで、そのシステム重量は10トンを超えると記載がありますな」


 チャーチルは葉巻を深く吸い込み、すこし上を向いて煙を吐いた。


「・・・・20トンとか200トンの間違いでは無いのか?2万トンのTNT火薬が一カ所で爆発したら、それこそこのロンドンも更地になってしまうぞ」


「はい、首相閣下。この報告書にはそう書いてあります。『連鎖反応』というものを起こさせる必要があるとのことですが、現時点ではその実現に2トンの濃縮ウランと10トンくらいの装置が必要です。しかし、研究が進めば5トンくらいにまで小型化できるともあります。これなら、爆撃機に乗せてベルリンを攻撃できますな」


「そうか。それでその新型爆弾の開発はどの程度進んでいるんだ?」


「まずは、ウランを大量に取り寄せる必要があります。そこでアフリカのコンゴにあるシンコロブエ鉱山に買い付けを出したのですが・・・・・・」


「ん?どうした?買い付け出来なかったのか?あそこはベルギー領だが、現地政府は連合国側に付いているだろう?」


「それが、鉱山はリチャード・インベストメント社の関連会社が押さえており、購入を拒否されました。しかも、かなりの私兵を雇っており、コンゴ植民地政府も治外法権を事実上認めているありさまで・・・」


「リチャード・インベストメント社とはアメリカの大企業のあれか?では、アメリカはウランの有用性に気づいていて、新型爆弾の開発を進めていると言うことか?」


「はい、首相閣下。もともとリチャード・インベストメント社はアメリカが本社だったのですが、摘発を受けて既に消滅しております。しかし、その海外子会社などが独立して営業を続けているのですが、MI6の報告によると、どうやら日本軍の息のかかった会社ばかりのようなのです」


「なんだと!ということは、日本は新型爆弾も開発をしているということなのか!?」


「はい。リチャード・インベストメントがこの鉱山を購入したのは1921年です。そして、そこから産出されたウランの全てが“書類上”アメリカに送られているのですが、それ以降の行方が全く解りません。さらに、リチャードがアメリカで摘発されて以降、操業は完全にストップしており、リチャードの関連会社の私兵が守りを固めております。ここからはMI6の分析と推測なのですが、ウラン鉱石をアメリカに送ったのは偽装で、実は日本に送られている可能性が高いということです」


「1921年にか?その頃には、この核分裂とやらも発見されていなかったのだろう?それなのに、何故日本はウラン鉱山を押さえたのだ?もしかして・・・」


「はい、首相閣下。核分裂については1902年に予言されていましたので、一部の科学者の間では、ウランに注目が集まっていたようです。しかし、1921年当時は確実にウランによって超兵器が作れるという認識はなかったのですが、日本はその事を知っていた可能性が高いと思われます。そして、ウランが採掘できるかどうかは未確認なのですが、南アフリカやその他の地域の土地も購入しており、同じように私兵に守らせているのです。これは、ウランの独占を目論んでいるのではないでしょうか?」


「しかし、1921年からだともう20年も経過している。それなのに、日本はまだ新型爆弾を開発出来ていないと言うことか?それとも、ウランを独占して、誰にも作らせないことが目的なのか?」


「それについてはMI6の報告にも“不明”とありますが、あのようなジェット戦闘機を極秘に開発出来たのです。日本は、既にこの新型爆弾を開発していると考えてもおかしくはないですな」


「そうか。まあ、あのチョビ髭に開発されるよりは100万倍ましだがな。しかし、そのどれもこれも、この“高城蒼龍(たかしろそうりゅう)”という男がキーマンなのか?」

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