第276話 グロスター・ミーティア(2)

 イギリス グロスターシャー州ハークルコート


 東の空からゴオオオオォォォォーーというジェットエンジンの音が聞こえ始めた。


「こ、この音は・・・・、もしかして、ジェット機なのですか?」


 パーマー大尉は、目を丸くして三池大尉に尋ねた。その表情はこわばり、額からは汗が流れ始める。


「はい、我が国初のジェット機です。九七式は1937年に、零式は今年制式化された機体になります。最高機密のため今まで極秘だったのですが、現時点から同盟国に対して開示許可が出ました」


 三池大尉の返答に、パーマー大尉は言葉を失ってしまった。


 “またもや、日本に出し抜かれたのか・・・”


 レーダー技術もエンジン技術も何もかも日本に後れを取っていた。しかし、ガスタービンエンジンでプロペラを回すことを選択した日本に対して、ガスタービンの噴流によって推進力を得る研究をしていた我がイギリスの方が、一歩進んでいると思っていたのだ。


 だが、なんと言うことだろう。日本は何年も前にジェット機を実用化していたとは。


 ジェット機の音を聞きつけて、滑走路脇の事務所棟からジョージ・カーター技師達がぞろぞろと出てきた。皆、東の空を見上げながら、三池大尉達のいる天幕に走ってくる。


「あ、あれはジェット戦闘機なのですか!?に、日本も実用化していたのですか!?いったいいつの間に!?」


 ジョージ・カーターは、三池大尉の胸ぐらを掴むのでは無いかという勢いで顔を近づける。しかも、三池大尉の顔の目の前で叫んだため、三池大尉はかなりのツバを洗礼として受けてしまった。


「カーターさん。そ、そんなに顔を近づけなくても聞こえますよ」


「こ、これは失敬。し、しかし日本がジェット機を開発しているという話は聞いていませんでした。照会をかけても“開発の予定は無い。ターボプロップで十分”という返答でしたが、我々に嘘をついていたんですか!」


 ジョージ・カーターは興奮のあまり、怒声に近い声を張り上げてしまった。周りにいる軍人達も、ちょっと引いている。


「ま、まあカーターさん。嘘をついていたのは申し訳ないのですが、これは非常に高度な軍事機密なので、ご容赦ください。貴国のレーダー技術に関しても極秘にされていたでは無いですか」


 確かにイギリスはレーダー開発を極秘に進め、秘密裏に実用化していた。しかし、秘匿していたにもかかわらず、日本の方が遥かに高性能なレーダーを実用化していたでは無いか。しかも、日英同盟が復活してから数ヶ月も経過しているのに、それでも秘匿していた事に、ジョージ・カーターは心底立腹した。


 しかし、ここで怒りをぶつけてもどうにもならない事はわかっている。カーターはなんとか気持ちを落ち着かせて、近くにあった双眼鏡を手に取り空を見上げた。


「本日は40機ほどが到着する予定でしたかな?」


「はい、カーターさん。九七式戦闘攻撃機22機と零式戦闘攻撃機18機です。数日間にわたって、九七式が220機と零式が81機到着します」


 滑走路の東側から、順次九七式戦闘攻撃機と零式戦闘攻撃機が着陸してくる。主脚には非常に明るいライトが装着されているようで、双眼鏡で見ると眩しいくらいの光量があった。


 “なんだ?あの形は?”


 カーターはその異様な形に目を見張った。


 自分が設計したグロスター・ミーティアも、非常に洗練されたデザインだと自負していた。機首をとがらせてバブルキャノピーを採用したことにより、極限まで空気抵抗を少なくして、マッハ0.9の高速を得ることが出来ていた。


 しかし、今見ているあの日本軍機はいったい何だ?まるで中世の騎士が持っている“ランス(馬上槍)”の様ではないか。あそこまで機首を尖らせる必要があるのか?それに主翼も完全な三角形をしている。いままでにこんな主翼を持つ航空機など、紙飛行機以外に見たことがなかった。


 最初の九七式戦闘攻撃機が着陸をしてきた。滑走路とタイヤが接触したときに一瞬白い煙が上がる。


「進入速度が速すぎる!オーバーランするぞ!」


 カーターはその着陸速度を見て声を上げてしまった。ここの滑走路はミーティアの開発の為、ある程度延長して長くなってはいるが、明らかに止まれそうにない速度だ。


 カーターが声を上げた瞬間、機体の後部から“パッ”とパラシュートが開いた。そして、機体はみるみるうちに減速していく。


 九七式戦闘攻撃機は、滑走路の終端に到着したところでパラシュートを切り離した。そのパラシュートを、待機していた日本兵が手際よくトラックに積み込んでいる。


 そして順次着陸し、エプロン(駐機場)に40機の九七式戦闘攻撃機と零式戦闘攻撃機が整然と並んでいく。その端には、午前中に飛行試験を行ったミーティアがさみしそうに置かれていた。


 ――――


「山口司令。あなたは人が悪い。あんな高性能な戦闘機を持っているにもかかわらず、我々に秘密にしていたとは、どういうことですかな?」


 空母赤城の艦橋で、山口多聞はチャーチルからの電話を受けた。イギリス首相官邸には日本製の通信機が設置され、赤城の艦橋と直接電話が出来るようになっている。もちろん、頻繁に使うような物ではないが、チャーチルはどうしても直接文句を言いたかったようだ。


「今日到着した九七式と零式のことですかな?もう、お話は聞かれたようですね」


「ええ、聞きましたよ。音速の二倍近くの速度を出すことができ、航続距離は3,000km以上、爆弾搭載量も8トン、それでいて旋回性能はスピットファイアに匹敵するなど、常識では考えられない。私も報告を聞いたときには何かの間違いだと思いましたよ。現地では、グロスター社の開発者達が、悔しさのあまり何人も泣き崩れたそうです。どうしてくれるんですか!?」


「いやいや。開発者達には悪いことをしましたな。しかし、あれは我が国にとっても最高機密なので、そこのところをご理解頂きたい」


「ま、まあ、あのようなとんでもない兵器を秘匿したいのも解りますがね、しかし、同盟を結んだ以上教えて欲しかったですな」


「申し訳ありません。そろそろ秘匿するのも限界に達したようなので、貴国にだけ公開することになったのです。それに、ルーマニア爆撃の護衛に、九九式艦上戦闘機では航続距離が足りないですし。イタリアの基地が整備でき次第そちらに移動するので、それまではご見学いただけますよ」


 チャーチルと話を終えて、山口は受話器を置いた。そして、艦橋の窓から青い海を俯瞰し腕を組む。


 “なんか、気持ちいい”


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